「…………」

 ふわり、と夜光虫が舞う。
 人気の無い、普段だったら訪れることもない街外れ。

 …………何やってるんだろう…………。

「…………」

 僕が此処に来たのは、隣の部屋から出て行く気配を感じたから。
 こっそり着いて行って、来た先が此処だ。
 神田は何をするでもなく、大きな石の前で黙って佇んでいる。

「…………」

 ざぁ、と。
 一陣の風が、辺りを駆け抜けた。

「…………」
「それが、お前の仲間の墓標か」
「!?」

 い、今、聞こえる筈のない声…………が…………

 えっ…………!?

「…………そうです。国に戻るには時間が掛かり過ぎるので」

 どこからともなく――――――本当にどこから来たのか分からない――――――師匠は、草を踏みしめながら一歩一歩神田に近寄る。
 神田も別に逃げたり嫌がったりする様子もなく、ただそこに佇んだまま師匠の方を見ていた。

「成程な。確かに大和は遠い」

 神田の隣、墓標だというその石の前に立った師匠は懐から何かを取り出した。きゅぽ、という音の後に辺りに満ちた匂いは、

「酒ですか」
「ああ。花なんぞより気が利いてるだろ。…………ああ、あの娘には花の方が良かったか」

 師匠はとぽとぽとその中身を石に振りかけた。

「かもしれませんが、師は喜ぶでしょう」
「惜しい奴を亡くした。冥土に旅立つには早かった」

 …………あ、あれ? 師匠、知って…………?

「…………」

 空になった瓶を懐にしまって、師匠は神田に向き直る。

「帰らなくていいのか。次期将軍を亡くして大和は上へ下への大騒ぎだぞ。お前も他人事では済まされないだろうに」
「…………、帰りません」

 …………?

「仇を討つ前に帰ったところで情け無い、せめて主君の仇に一太刀でも浴びせてくることは出来なかったのかと両親に追い返されるのが関の山です」
「成程。…………しかし、何の因果か知らんがお前が馬鹿弟子と共にいたとは思わなかった」

 馬鹿弟子って…………。師匠…………。

「…………」
「お陰で公国中探し回る手間は省けたが」
「こちらに来られたのは、俺を大和に連れ戻すためですか」

 …………神田の声が、少し堅くなった。
 しかし師匠はあっさりと否定する。

「まさか。んな面倒な仕事なら受けるか。俺が頼まれたのは前の安否と所在の確認だけだ」
「…………」
「――――――が、今後お前に本国から帰還命令が下るかもしれねぇぞ。これでお前が、例の死んだ将軍子息の敵を討ったならばお前を次期将軍に推す声は尚更に増えるだろうからな」
「…………まさか。師兄には弟がいるんです」
「歳が離れた幼齢の、しかも妾腹のな。それよりは分家とはいえその中でも一番本家に近い筆頭分家、その跡取りたる正当な血筋のお前を推す人間は多かろう」
「やめて下さい、俺はそんなもの欲しくはない!」

 悲鳴のような、悲痛な叫びが響いた。

「身の振り方を考えておくことだ。時間のある間にな」
「…………っ」

 神田の背が、此処からでも分かる程に強張った。

「まぁ差し当たっては敵討ちが先か。生き残れよ」
「…………言われずとも」
「明日も早い。そろそろ宿に戻れ。――――――そこで覗いてるお前もだぞ、アレン」
「!!」

 ば、ばれてっ…………
 …………ま、まぁ、ですよねー。師匠の目は誤魔化せませんよねー…………。

「…………!? モヤシ…………!?」

 気付いてなかったらしい神田からは驚きと抗議の声を上げた。
 …………う。気まずい…………。

 ガサガサ音を立てて茂みから顔を出すと、神田が額に思いっきり皺を寄せた。…………うん、怒ってる。

「チッ」

 鋭い舌打ち一つと共に、神田は踵を返して街の方へと歩いていった。
 あー…………。

「あいつが腹立ててんのはお前にじゃねぇ。お前の気配に気付かなかった自分にだ」
「え」
「そういう気質だ、アレは」

 …………良くご存知で。

 顔に出たのか、師匠が溜息をついて、

「お前だって知らん顔じゃなかっただろ。ガキの頃一度は見てる筈だ」
「え゛」
「ああ、お前はあの時は団子食うのに必死で他の事なんざ何も見てなかったか?」

 団子…………。
 ああ、あのみたらし団子の国!
 師匠が偉い人と話してる横でずっとみたらし団子を食べてた気がする。

 ぽん、と手を打つと師匠は額に指をやって溜息を付いた。

「ったく…………食い物ばっかりだなお前は」
「う…………だって覚えてないですよ、あんなの十年位前じゃないですか! 大体神田だって覚えてなかったんですから!」

 僕だけじゃありません!

 師匠はやれやれ、って感じで肩を竦めると、軽く僕の頭に手を置いて、

「さっさと戻って寝ろ。身長伸びなくなるぞ」
「えっ」

 それは困る!

 先に歩き始めた師匠を追って、僕も街に向かって歩き出した。





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