「…………おい馬鹿兎。ちょっと面向けろ」
教団の廊下。
ユウの部屋に向かう道すがら、不意に後ろを歩いていたユウが抑えた声で俺を呼んだ。
「へ?何さユ…………」
ユウ、と呼びかけて俺はその先を飲み込んだ。
目の前に広がる絹の光沢を持つ黒。唇に触れた冷たく柔らかな感触。
目を閉じたユウからの口付けに、珍しい、なんて思いながら――――――、廊下に飾られている目の前の鏡をみて、ああ、と納得した。
鏡に映る、俺達の背後。
驚愕にか、それとももっと別の感情故か、
目を見開いたアレンが、いた。
(…………成程、ねぇ)
唐突な行動の訳は、「それ」なのかと、俺は甘く苦い思いと共にユウの腰を抱いた。
ユウの望み通り、アレンに見せ付けるように。
やがてユウが身体を離した時には、アレンの姿は最早俺達の視界の中にはいなかった。
「いいんさ? あんなん見せちゃって」
「…………その方が都合がいい」
短く言い捨ててユウは踵を返した。その後ろを俺は頭の後ろで手を組みながら付いていく。
その後は無言でしばらく歩き続け、たどり着いた先はユウの自室。
そのドアを勢い良く開けたユウに続いて俺も中に入る。―――――――相変わらずの、何もない部屋。
俺が後ろ手に鍵をかけると、ユウは何も言わずに団服を脱ぎ始めた。
脱ぎ落とされた黒衣と露になる白い肌を目で追いながら其処に突っ立ってると、ユウが眦を吊り上げながら振り向いた。
「おい。ヤらねぇなら、帰れ」
…………また随分な情事のお誘いもあったもんだ。
今のユウは、何時にも増して機嫌が悪い。
ユウの言葉への返事の変わりに、俺は――――――乱暴にユウを抱き寄せて、ベッドに飛び込んだ。
何処から俺達は間違ってしまったんだろう、なんてお前に聞いたなら、きっとお前はこう答えるんだろうさ。
「最初からだろ」って、当然のような顔で、あっさりと。
(ああだけどどうか過ちにしないで 最初の、本当に最初の、切っ掛けとなった想いだけは)
ベッドが男二人分の重さに悲鳴を上げる。
いつかは壊れるんだろうか、なんて考えながら俺は、――――――俺達は快楽に逃げ込む。
割り切る事も出来なかった子供の心に眼前の失われていく命の重さは重すぎて、使命も何もかも放り出せたら――――――と。
最初に手を伸べたのは、俺。
その手を取ったのは――――――、
「っ、ユウは」
「…………ふっ、…………?」
「ユウは、アレンが」
好きなんさ?
とても身体を繋げながらの台詞に相応しくない言葉を吐きながら、俺はユウに聞く。
その瞬間、とろりと快楽に瞳を濁らせていたユウが、鋭い眼光を取り戻した。その強さに、慣れている筈の俺がたじろぐ。
「ああ? テメェ、馬鹿兎。ついに頭がイカれちまったのか?」
辛辣に吐き出される否定の言葉。だけどその言葉強ければ強い程、ユウが否定すれば否定する程、ああそれが真実なんだっていう確信が俺の中で育っていく。
「分かるんさ、ユウの事だから」
伊達にブックマン一族の跡取りやってない。
二年、長いのか短いのか判じかねるそんな年月一緒にいたら、
ずっと見ていたら、
俺にはユウが思っている事がユウ以上に分かるよ…………。
「分かっちまう、んさ…………」
「取られた」だなんて言うつもりは無い。だって最初から最期までユウは俺のもんじゃなかった。
身体を繋げたとしてもそれだけで、心は最期まで繋げられなかった。
でももう見てられないんさ、アレンも、ユウも、そして俺自身も。
「だから、こういう事すんの…………最後に、しよ?」
「っ――――――、テメェが良いんなら、勝手にしろ!!」
ユウのそんな言葉に俺は小さく微笑んで――――――いつもみたいに巧く笑えただろうか――――――ユウの額に口付けた。
「…………最初から最後まで勝手な野郎だ」
乱れたシーツ。
温い温度のベッドの中。
ラビは任務だっつって呼ばれてった。
俺は一人、部屋の中。
「『勝手』に好きだとか何とか抜かして『勝手』にそれが無理だなんて思い込んで『勝手』にヤりやがって。――――――挙句『勝手』に終わりか。本当に、テメェの身勝手さには呆れ返る」
一人でブツブツくだらねぇ事言ってる俺の姿も、多分相当なもんだが。
「テメェみてぇな身勝手野郎、こっちから願い下げだ」
――――――俺はただ、自分の言った言葉が真実になるように――――――祈る。