※軽く性的表現あり。及び、ラビュ以外のカプ表現がありますのでご注意下さい。※
「はぁ…………」
思わず、安堵に溜息が漏れた。
この教団にきて、初めての任務。
勿論AKUMAと戦ったのが初めてだった訳じゃないけれど、それでも一気にこれだけの数を相手にしたのは、初めてだった。
雨が降ってる所為で、水混じりのオイルが流れる地面を避けながら、俺は同行のエクソシストの姿を探す。
…………そいつは、少し離れた場所で見つかった。
AKUMAの死骸の上で、暗い天を仰いでまるでシャワーでも浴びてるかのような姿で。
ジャリッ
踏んだ小石が音を立てる。
その音に反応して、そいつはゆるりと視線を向けてきた。
冷ややかな漆黒の視線。
秀麗な造作の表情が、今は嘲りに歪んでいる。そしてその表情に相応しい、棘のある言葉を投げつけてきた。
「だっせーな、この程度でバテてんじゃねーよ」
「こちとら初めてだっつーの…………」
「ふん」
俺より遥かに多くの数のAKUMAを倒していたのにも関わらず、余裕そうだ。
現在の教団の中では、元帥を除けばトップクラスの勤続年数だっていうからそれはそれで頷けるものだった。
同行のエクソシストの名は、神田ユウ。日本出身だと聞いている。同い年の、十六歳。
この若年ながらも歴戦のエクソシストである彼が、今回俺と同じ任務に就けられたのは…………言うまでも無く、俺のフォローをしてやってくれという室長殿の思し召しなんだろう。
『新人のお守りなんかしてられるかよ、クソ面倒くせぇ』
出発ギリギリまで続いた神田の悪態には、流石の俺も片頬を歪ませる羽目になった。
…………まぁ、嫌われている理由は多少は俺にもあるんだけど。
だって、面白いじゃん。十六歳にもなって、あんな呼び方されてるなんてさ…………
トン、
AKUMAの死骸の山から飛び降りた神田は、とっとと歩き出した。
「何処行くんさ?」
「…………」
ちら、と振り向いた神田の表情は「面倒」の一言に尽きた。此処まで邪険にされたのは初めてだ。
「…………街だ」
ああ、そりゃそうだ。ファインダーも置いてきてある事だし。
俺はそれ以上攻撃されないよう、彼から少し離れて歩いた。
AKUMAと戦闘した場所から歩いて三十分。
その街は比較的大きな街だった。本来イノセンスの回収が主な任務の俺達エクソシストが今回イノセンスは「無い」と分かっている場所に派遣されたのは、この大きな街への被害が出る事を怖れての事だった。
新人に当てるには無難な任務だ。
「…………?」
天気の所為で暗い空。その所為で時間は良く分からなくなってきてるけれどそれでももう晩飯時なんだろう。家々や店先からいい匂いが立ち上っている。
神田は迷う様子無く歩いていく。向かう場所は、昨日も泊まった、取ってある宿じゃない。
…………心なしか、あんまりよろしくない場所に向かってるような…………
あっという間に民家が無くなり、普通な飯屋もなくなり。
酒を出す店や、…………華やかな香水の匂いがするような通りに出てきてしまった。
「か、神田? 何処行くんさ?」
「黙って着いて来い」
一喝され、大人しく従う。
「…………えー?」
結局、神田が足を止めたのは、大きな店…………お姉さんがいる、言ってしまえば娼館だ…………の前だった。
「ちょ、ちょっと? 神田サン?」
此処で何すんの? ナニすんの?
「…………教団のサポーターがやってるとこだ」
あっさり神田が中へ入っていく。
「いらっしゃいませ…………」
番台に居た老人が、俺達の胸のローズクロスを認めて深々と頭を下げた。
「…………此処で何すんの?」
「あ? テメェアホか? こんなとこで何するなんて一つに決まってんだろ」
ですよねー。
「好きな相手選んどけ。料金は教団持ちだ」
「い、いやいやいや」
それはどうなの? 俺達聖職者なんだよな?
「何だお前…………ガキとか年寄りとか、男とかが好みなのか?」
「いやいやいや!! 普通にお姉さんでお願いします!」
眉根を寄せた神田に慌てて手を振った。そんな危ない趣味は無い!
「ってゆーかさ、本当にいいの? こんな所に教団の金で…………」
「じゃあお前は、収まってんのか?」
言い返されて、思わず口を閉じた。
…………さっきから、燻っている熱。興奮。
命の危機に際して、子孫を遺そうとする男としての生殖本能。収まらない――――――性欲。
「ある程度デカい街ならこういった所が一箇所はある。教団公認だ、とっとと行け」
背を押されて、満更でもない。
そりゃ、自分で自分を慰めるよりはお姉さんに相手してもらえるなら願ったり叶ったりだ。
写真を眺めていた俺は気付かなかった。神田が踵を返して、出て行ったことに。
「…………ふー、」
ヤる事ヤった後の、程よい気だるさ。
眠りたいと訴える身体を引き摺って、取ってある宿に向かった。
神田の姿は見えなくて、彼がまだ中で宜しくやってるのかそれとも先に帰ったかは分からなかったけれど。
…………つーか、あの顔で女抱くのか、あいつ。
自分自身女みたいな顔しといて…………
ピンと来ない、などと失礼な事を考えた。
「お帰りなさいませ」
フロントの声を背中で聞きながら二階に上った。
二階が上等客室、一階が普通の客室だ。俺と神田は二階で一部屋ずつ、一人いた探索部隊は一階に部屋を取っている。
「…………?」
二階の一番奥。その部屋から、白い服を着た男が出てきた。
視線が会うと慌てて頭を下げ、素早く下へと降りていく。
見間違える筈も無い、一緒に来た探索部隊の奴だ。
そして一番奥の部屋は、神田の部屋。
帰ってきてたんだ…………
…………何か、連絡でもあったんだろうか。
そう思って俺は、その部屋をノックした。
「…………何だ」
「俺。入るさ」
言って、許可もないままその部屋に入った。
瞬間、俺は息を呑んだ。
下半身をシーツに埋めた神田の上半身は何一つ纏っていなかった。
きっちり結い上げてた髪は解かれて、乱れている。
乱れたシーツ。荒い呼吸。上気した頬。自分自身、馴染んだ匂い。東洋人とは思えない白肌に、散った紅い痕跡。
「…………何だてめぇ、勝手に入って来やがって」
その声が、掠れていて。
神田は眉根を寄せて、けれどどこか物憂げに溜息をついた。
「あ…………悪、ぃ…………」
こんな姿を見せ付けられて、ついさっきまで此処で何が行われていたのか察せないほど馬鹿でも初心でもない。
ごそ、と枕元を探った神田は小さな箱から煙管を取り出すと、咥えて火をつけた。
「ジロジロ見てんじゃねーよ、気持ち悪ぃ」
「…………」
「んで? 何の用だ」
吐き出された煙の匂いは、キツい種類のものだ。
「あ、やー、いや…………帰ってきてたのかな、って」
「…………ふん、」
誤魔化しを見抜かれたのか、神田がまた鼻で笑う。
「…………アリなの? それ。まずいんじゃない?」
黒の教団はカトリック、バチカンに帰属する組織の筈だ。
――――――だったら、男色なんて禁忌だろうに。
「んなもん、俺に関係あるか」
「エクソシストなのに?」
「エクソシストだからだ。――――――例えばお前が男色の罪で俺を訴えてみろ、本部にでも、バチカンにでも。それでも何も変わりゃしねぇ。お咎めなし、不問に処す、だ」
「…………」
「エクソシストは稀少だ。世界各国からかき集める所為で信仰を持たない奴のほうが多いんだよ。てめぇの出来のいい頭に書き込んどけ、ブックマンJr」
強い嘲りを滲ませた顔で、目で、言葉で。
神田はそう、嗤った。
怒り、でもなくて、
恐怖、でもない。
不思議な、背中を這うような感情の名前は、俺は知識としてもログとしても、持って居なかった。
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