嬢ネタにつき注意。
ガンガンガンッドンドンドンッ!
「? はい? 誰?」
『おい、リナリー! 開けろ!!』
「…………どうしたの神田?」
もう時刻はほぼ真夜中。
今日「も」徹夜で室長室に缶詰の兄さん不在のこの部屋に、突然の闖入者が現れた。
いつもクールな顔なのに、今日だけは何故か真っ赤になって息を荒げてる。
しかももう寝る所だったのか、パジャマ姿で。
「かっ…………匿えっ!!」
「え?」
そんな要求に答えて、私は大人しく身体をずらして神田を部屋へ招き入れてあげた。
「ちょっと待っててね」
「…………」
取り合えず神田には兄さんのベッドに腰掛けてもらって、それからそわそわ落ち着かない彼女にお茶を淹れた。
「はい、どうぞ」
「あ、ああ…………」
ふんわり花の香りがするお茶はアジア支部に兄さんが無理を言って送ってもらっている私達の故郷のもの。
「…………」
神田はマグカップ(本当ならちゃんとした茶器を使いたいけれど今は仕方ない)の水面を見つめていた。
「で? どうしたの?」
「…………う、」
声を掛けると神田がびくっ、とする。
「?」
「…………その、あれ、だ」
「あれじゃ分らないわ」
「うう…………」
…………神田がこんなに言葉を濁すなんて珍しい。
ひとしきり謎の呻き声を上げた神田は、俯きながらぽつぽつとまるで独り言みたいに語り始めた。
「その、…………逃げてきた」
「逃げたって、誰から?」
「…………ラビから」
「ラビ…………?」
何で神田がラビから逃げるの?
ラビが神田から逃げるなら分かる。それは割とよく見る日常の一コマだから。大体はラビがオバカな事をして、それに神田が怒って追い掛け回してるんだけど。
神田がラビから逃げる理由が分らない。彼は恋人にとてもとても、それこそ生クリームに角砂糖とシロップを足した位に甘いのに。
「…………?」
どう考えても理由が分らなくて、首を傾げる。
神田は続けた。
「その…………今夜、するって…………」
…………するって…………。
落ち着いて、落ち着くのよ私。
年頃の男女のカップルがするっていったら…………アレじゃない?
だけど余りにあんまりな事に、思わず手にしていたマグカップを傾けて中身を床に零してしまった。
「あ、…………あー…………」
…………仕方ないわ。後で拭かなきゃ…………。
「そ、それで?」
相談を持ちかけられた者として必死に平静を装いながら続きを促す。本当は今すぐ叫んで事の次第を問い質したい所だけどそこは一生懸命、我慢した。
「で、でも、俺…………は…………」
神田の途切れ途切れの言葉は小さくなって消える。
「怖くなって、逃げちゃったの?」
「…………」
こくん、と彼女は頷いた。
「で、でも。ほら、無理強いされた訳じゃないでしょ?」
「…………」
また一つ、こくん、と神田は頷く。
「突然来られたら、びっくりするとは思うけど」
「…………突然じゃ、ない…………」
「え?」
「その…………前から、約束…………してた…………一年位前から…………」
「…………」
…………。
「酷くない?」
「うっ…………」
素直な感想を漏らすと神田の背負う空気が一気に重くなった。
「約束してたんでしょ? ラビ、楽しみにしてたんじゃないかしら」
「…………多分…………」
「じゃあどうして逃げたの?」
「どうしてって…………目の前であんなもの見せられてみろっ! ビビるに決まってんだろ!?」
…………あんなもの…………
いいわ、何も考えない事にする。
「しかもあいつ何時もと全然違う声とか目とかしやがるんだぞ!? あんな異様な雰囲気、反則だろっ!!」
…………異様…………
神田、それラビの前で言っちゃ駄目よ。
頑張った作った(と思う)ムードを異様呼ばわりじゃラビが幾らなんでも可哀想。
「しかも、何か…………変なトコ触って来るし」
「…………。それで、適当に撒いて逃げて来ちゃった訳ね?」
「いや…………放せって言っても放さなかったから、下から蹴り上げて逃げて来た」
…………ラビ…………。
心の中で思わず涙を拭った。
お気の毒様過ぎるわ。
「つまり纏めると、神田はラビと今日そういう事する約束してたのに、いざ始まってみたら怖くなっちゃって怖気づいてラビを蹴り飛ばして逃げてきた訳ね?」
「…………う…………」
改めて言い直すと神田の目が露骨に泳いだ。
「だってアレ、最初は凄く痛ぇんだろ?」
「らしいわね」
「鼻に西瓜入れるようなもんなんだろ?」
「それ出産じゃない?」
「そうなのか?」
多分、幾らなんでもそんなに痛くないと思う。
「アクマにやられて横腹に穴開くのとどっちが痛い!?」
「分らないわよ!!」
そんなの婦長さんに聞いて!!
「…………」
「…………」
ヒートアップ仕掛けたから私達は冷め始めたお茶を飲んで、一息つく。
「それで、これからどうするの?」
「…………」
「今夜も兄さんは戻ってこないから、朝まで居てもらってもいいんだけど。…………でも、ラビ、悲しむんじゃない?」
「…………」
神田はじっ、とマグカップの中を覗いたまま、呟いた。
「あいつ、」
「?」
「怒ってんだろうな」
「…………」
「約束破った、し。蹴ったし」
それはフォローが難しいわね。
「…………呆れただろうな」
悲しそうに呟いて、項垂れた。
神田はすっかりしょげている。
困ったわ、と溜息を吐いたとき。
コンコン…………
「!」
「? はい?」
『あ、リナリー? 俺さ。今ちょっといい?』
「うん、あ、ちょっと待ってね」
その声に露骨にビクついた神田に私のベッドの方を指し示す。
入り口からは兄さんのベッドは丸見えだけど、私のベッドは見えないようになっているから。
察した神田は私のベッドの上に上がって、クッション一つをきつく抱きしめた。
ガチャ
「あー、ごめんな夜遅くに。寝てた?」
ラビは明らかに素肌にパジャマを羽織っただけ、の格好だった。
多分神田に蹴られて意識を無くしてて、目が覚めてから慌てて出てきたんでしょうね。
「ううん、まだ。そろそろ寝ようかなとは思ってたけど…………どうしたの?」
「んー、と。ユウ、来てないよね?」
「神田? …………来てないけど…………どうしたの?」
「ちょっと色々あって…………でも自分の部屋にもいないし、修練場とか食堂とか見たけどそこにもいないし…………」
「色々?」
理由なんて分ってるけど、あえてそこに触れてみた。
「…………ちょっと、怖い思いさせちゃったみたいで」
「怖いって何? 神田に何かしたの?」
「したっていうか、しようとしたんさ」
「何を?」
「…………」
「…………」
「リナリーも人が悪いさ…………分ってる癖に」
「まあね。それで?」
困った顔のラビが頬を掻く。
「…………もしもユウが来たら、もう何もしないから部屋でゆっくり休んで大丈夫って伝えて置いて欲しいんさ。きっと今頃どっかで震えてるんさ…………。あと、怖い事してごめんって。俺がそう言ってたって伝えてくれる?」
「うん、いいけど…………」
ねぇ、神田いいの?
チャンスは今よ?
…………ひくっ、
「!」
「、」
小さな、だけどはっきり耳に届いた息を呑む声。
その声に、ラビがはっ、とした顔をした。
そうよね、だって今この部屋には私しかいない「筈」なんだから。
声を上げかけたラビに唇に人差し指を当てて、しーっ、とやった。
「…………」
物言いたげなラビに苦笑して顔を振る。
それから、神田のいる方…………私のベッドの方を指差して、身体をずらしてラビを迎え入れた。
足音も立てずにラビは部屋の中に入って来て、ベッドの上で蹲ってる神田を見て少しほっとしたような顔をした。
「…………ユウ、」
「!」
…………取り合えず、これ以上は第三者は無用ね。
私はそっと、自分の部屋から出た。
暫く廊下をうろうろして時間を潰して戻ったときには、もう神田の姿もラビの姿も見えなくて、ただ書置きのメモにあの二人が何とか仲直り? した事を悟った。
そして翌朝、食堂で見た二人の周囲が何事かと振り向く勢いの甘い空気と、神田の首筋に残った幾つもの紅い跡に二人の間に何が起こったのか多分正確に悟って――――――
取り合えず今夜は問い詰めてみるしかないわね、と思わず笑ってしまった。
ラビ×ユウトップへ
小説頁へ