誰にでも、若い内の過ちはあると思う。
 例えば、酒。
 飲み会でしこたま飲んで、前後不覚になるまで酔っ払って、挙句顔も知らない相手とホテル…………なんて一度や二度、あるもんさ。
 俺だってそういう経験が無いわけじゃない。大学生の頃なんて合コン帰りに何度もあった。
 流石に社会に出て数年、この年になってまでんな若さ故の過ちなんて犯さんだろーとは思ったけど、やっちまったもんは仕方ない。


 だけどこれは、幾ら何でも相手が悪い。


 相手は未だ夢の中。逃げたい事この上無い。人としてどうかと思わんでもないけど。
 いやいっそ此処は早いところ相手にも目覚めてもらって、俺と同じく青ざめてもらいたい。
 そして約束しよう、昨日の夜の事は全くなかった事にしよう、って。

「…………ん…………」

 お、起きる?
 さぁ、思う存分俺と一緒に頭を抱えよう。
 そんでもって無かった事にしよう。だってそれしか無い。




 …………自分が男と寝るなんて、考えたことも無かった。





 神田ユウとは同期だった。
 つっても、部署が違うからあんまり親しくは無かった。せいぜい顔と名前が一致する程度。それでも、一度に数百人が入社するこの巨大企業においては「分かってる」方に属するんだろう。
 俺は開発部、むこうは営業部。出身大学も何も違って何の接点もない。
 そんな中で目についたのは、男にしては随分と綺麗な顔をしていたから。新入社員の歓迎会で随分先輩たちに絡まれて、酒を飲まされていたのを覚えている。
 後は毎年の社員旅行とか、たまにある大きな会議とか。そういう時に、ちらっと見ていた。

 そんな相手と、どうして二人だけで飲んだかと言うと。

 それは、昨日に遡る――――――。





「ラビ、ちょっと」
「? なんすか部長?」

 その時の俺は納期の近いプログラムの制作チームのリーダーをしていた。
 忙しかったけど進捗は順調。バグも粗方潰した。そんな時だった。

「実はな…………悪いんだが、お前の所の案件な…………先方からキャンセルされたんだ」
「は!? 今更!?」

 思わず大声で叫びたくなるってもんさ。
 この時期になっても仕様変更、ってならまだ分かる。だけどキャンセル?
 ふざけんな、と叫びたくなるのは無理もない。大体、必死にそれこそ寝る時間も休日も返上して制作チームのメンツに何て言えばいい?
 喚いたところで話は変わらず、俺は意気消沈して席に戻り、その瞬間までキーボードを叩いていたメンバーにキャンセルの事を伝えた。当然悲鳴と非難が上がった。

「まぁ、汎用性が高いプログラムだから、いずれどっかの案件で使うとは思うさ…………」
「だけど今更キャンセルって、どんだけ鬼畜ですかそこ!?」
「っんとにさー、ふざけんなって話さ」
「営業担当は何やってるんですか!?」
「ああー…………それもそうだよなぁ」

 こんなタイミングでそもそもキャンセル受けるなっつーの。
 この案件の営業担当は第一営業部の神田ユウ。俺と同期。そのことを知っているメンバーは俺に怒りの視線を向けてきた。視線が言っている。「問い質せ」って。

「…………ちょっと営業んとこ行ってくる。報告は明日するわ、今日は全員帰っていいさ」
「いいんすか?」
「俺が許可する」

 そう宣言すると、一斉にメンバー達は帰り支度を始めた。此処三日位帰宅してない奴だっているんだ、この位許されて然るべきだろう。
 俺は開発室を出て、階の違う第一営業室へ向かった。
 俺が姿を現すと、入り口付近にいた女の子が顔をあげる。

「開発主任?」
「お邪魔するさ。なぁ、」
「神田さんだったら、今部長に呼ばれてます。さっき行ったばっかりだからまだ時間掛かりそうですよ」

 …………おや。

「それって俺んとこの件?」
「だと思います」
「ふぅん?」
「戻ってきたら、探してたって伝えておきますよ。神田さんも部長の話が終わったら開発室に行く予定だったみたいですし」
「あー、そうなん? じゃあ俺開発の仮眠室にいるからさ、終わったら内線するように言っといてくれる?」
「分かりました」

 何時まで掛かるか分からないなら、ただ待ってても無駄だし。
 俺だってもう何日も寝てない。眠いんだ。
 生欠伸をしながら、開発室階に戻った。






「ラビ、おい起きろ」
「んぁー…………?」
「お前に客だぞ」

 仮眠室の簡易ベッドで爆睡していた俺は、課長のリーバーの声で起こされた。

「何さ…………?」
「第一営業の神田が来てる」
「あぁ…………」

 そう言えばそうだった。

「顔洗ってくるから、ちょっと待てっつっといて」

 リーバーに言付けを頼んで、俺は洗面所へ向かった。鏡の中の顔はモロに寝不足、目の下にははっきりクマになっている。
 手荒く水で洗って、置いてあるタオルで顔を乱暴に拭った。

 仮眠室から出て開発室に戻るとそこには神田ユウがいた。俺のチームの騒動は開発室全員の知るところになっているようで、どことなく開発室の人間が彼を見る目は冷たい。変わらないのはリーバーの班の奴ら位だろう。元々開発と営業は仕事上では関わりがあるけど仲良しこよしではない。どちらかと言えば犬猿の仲、だ。
 強張った表情で、俺を視界に入れると少し表情が歪んだ。

「お待たせ。あぁ、要件は分かってると思うけど、此処で立ち話も何だし上行こ上」

 最上階には社員が利用出来るカフェテリアと社食がある。この時間帯なら殆ど人はいないだろう。

「分かった」

 一つ頷いた神田と共に、俺は今度は最上階を目指した。



 目指したら、カフェテリアも食堂も終わってた。
 下がっている札を見て俺達はそれぞれ声を上げる。

「あ」
「げ。今何時!?」

 時間は…………二十一時を過ぎていた。夕食用の営業は二十時で終わる。

「あー、くっそ…………」

 俺達開発の人間は往々にして時間の感覚が無く、このような事をやらかしがちだ。
 俺は振り向いて、所在無げに立ち尽くしている神田に向かって指を突きつけた。

「こうなったらしょうがないさ。飲み行こうぜ。勿論そっちの奢りで」
「…………分かった」

 もうどうせ今夜はこれ以上仕事するつもりなんか無い。帰ってやる。ついでに奢らせてやる。その位許される筈さ。むしろ俺のチームの全員に奢れよと言いたいところだ。
 開発室に戻り、部長と周囲に帰宅を告げて退社した。神田は相変わらず、その間も静かに黙って俺の後を付いてきている。
 ビルから出て、久しぶりの外気に一つ大きく息を吸った。いつの間にやらもう夜なのに暖かい。

「何処行く?」
「お前の好きな所で」

 先ほどから妙に従順なのはやっぱり負い目があるからだろう。

「じゃあ俺の行きつけの所にしようぜ」

 会社のビルから程近い、ただの居酒屋だ。別段高くもない。
 まぁ自腹じゃ行きたくないくらいの店に行ってやろうか、なんて思わなくもなかったけど俺一人が飲み食いするのも他のメンバーに対して申し訳ない気がする。
 俺達は大した会話も無く、黙って2ブロックの道を歩いた。


 Cから始まる。

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