「おねーさーん、取り敢えず生二つ。後、本日のオススメ頂戴」
「はーい」
平日の遅めの時間なのに割と店は混んでいた。
安くて旨いし、店員のお姉さんはけして美人じゃないけど愛想も手際もいい。俺達サラリーマン御用達みたいな店さ。実際女性客というのは余り見ない。
直ぐに冷えたジョッキに並々注がれたビールが運ばれてくる。
「取り敢えず、かんぱーい。お疲れ俺ー」
一方的にジョッキをぶつけて、ちょっとした皮肉めいた事を言ってから呷った。――――――っ旨い。
相手は確か余り強くなかった筈で、案の定ほんの一口口をつけただけでテーブルに戻している。
「で、さぁ? 何があったん?」
「…………」
「こんな時期にキャンセルってさ、普通受けないでしょ?」
一気に中身が減ったジョッキを横に置いて、頬杖を付いた。
「すまない。俺の、所為だ」
「いやまぁ、キャンセル受けたのはそっちの所為かもしれないけどそうじゃなくてー」
「キャンセルの原因を作ったのも俺だ」
陰りのある目をした神田が、呟くように言った。
「はぁー? 何したの?」
営業がキャンセル原因作るなんて論外だ。
「…………客先の担当者、殴り飛ばした」
「は?」
…………はい?
「それで会社の方にクレームが来てキャンセルになった…………」
「いやいやいや。殴った、って駄目でしょそれ、何で暴力沙汰?」
俺達はもうガキじゃない。互いに社会に出て何年も経った、中堅社員だ。
反社会的な行為がどれだけNGなのかなんて言われなくても分かるだろう。ましてや客と相対する営業が? つか仕事キャンセル云々以前に刑事事件とかにならないの?
「…………」
神田は口を噤んで視線をテーブルに落とした。
いやーな沈黙が俺達の間に流れる。
「はーい、お通しと日替わりお持ちしましたー」
「お、ありがとー」
丁度タイミング良くお姉さんが枝豆となんかの魚の干物を持ってきた。
枝豆を口に運びながら、改めて神田を見る。
「ってか、食べないんさ?」
「…………」
「別に全部俺が食うとか、そういう事は言わないんだけど」
「…………いらねぇ」
うーん…………
「あのさぁ。はっきり理由とか教えてくれないと、俺も他の開発関わってた奴に説明できないんだけど」
「…………」
うっわ駄目だコレ。だんまり決め込んでる。
思わず大きく溜息を付いた。ビールの残りを胃に流し込む。
「お姉さん、お代わり!」
ちくしょう、そっちがそのつもりならこっちは飲んでやる!
てゆーかあっちにも飲ませて、無理矢理でも口割らせてやる!
やけになって飲んだ。そして無理矢理飲ませた。
神田が口を割ったのは、二軒目に行ったバーでだった。
まぁ、酔ったからじゃなくて、隠し通すのを諦めたから、って感じだったけど。
「…………実は」
ブランデーが入ったグラスを両手で包み込むように持った神田は、バーテンダーが近くにいない時にぽつり、と呟いた。
漸く話す気になったみたいで何よりさ。
「…………」
黙って先を促す。
「相手先の担当に、ホテルに誘われた」
「…………はいぃ?」
思わず変な声が出た。いやだって出るだろそれ。
「確認するけど、相手先の担当って女?」
「…………」
黙って神田は首を横に振る。
ですよねー。さ。
何度か打ち合わせには開発の代表として俺も行っている。相手先の担当は五十を過ぎるだろう、脂ぎって腹の出たおっさんだった。何か粘着質な目ぇしてる、とは思った。だけどそれは傍にいた営業事務の女の子を見てるからだと思ってたけど…………。
「それ断ったらキャンセルされたって事? …………あ、違うか」
先に殴ってるんだった。
「…………」
神田のグラスを握る指に、力が入った。関節が白くなる。
「…………断ったら、その場でソファーに押し倒された」
「…………」
思わず神田を凝視した。前髪が表情を覆い隠している。確かに女っぽい顔はしてるけど、だからって?
「…………これまでも客先の担当にそういう誘いを受けた事はあった、だけど断ったからって実際そんな事までしてくる奴はいなくて、それで、」
「あー、うん。よく分かった」
…………。そりゃあ殴るわ…………。
俺だって五十過ぎたおっさんになんか押し倒されたら殴るよそれは…………。
しかも言い辛いだろう。さっきずっと口を閉じていた理由はよく分かる。俺も神田も男だ、それは屈辱でしか無いだろう。間違いなく。
「…………俺、この仕事向いてねぇんだろうな」
ぽつり、と神田は呟いた。
「いや、いやいやいや、でもそれは相手が悪いっしょ。どう考えてもそれセクハラ」
「でも、初めてじゃねぇんだ。実際、これまでにも断ったら仕事キャンセルされそうになったこともある…………」
この手の仕事は相手も受注を決めた時点で導入までの予定を立てたりするから、突然キャンセル、なんて相手も出来ない筈で。実際これまでは何とか大丈夫だったんだろう。
「本当に、悪かった。…………俺の所為でお前らに無駄な苦労をさせた」
「あ゛ー…………やー…………」
五分前だったらそう思ってたけど、でもこんなの聞いたら無理だ。そう思えない。
黙ってヤられて来い、なんてとてもじゃないけど言えないし。
それから俺は仕事を辞めようかと悩む神田を励まして、飲んで、励まして、飲ませて、飲んだ。
そこからの記憶は無い。
つーか最悪だ! 最 悪 だ !
何で男に誘われて困ってる奴をホテルに連れ込んだんさ俺!?
今更ながらに頭が痛い。
願わくば俺が強引に連れ込んだんじゃありませんように!!
「はぁー…………」
「どうしたんすかラビさん」
「いや、ちょっと昨日の酒が…………」
「ああ、自棄酒ですか」
分かる分かる、とチームの奴らが頷いた。
俺はデスクに突っ伏して、はは、と力なく笑う。
朝、目を覚ました神田は案の定絶句してた。
神田は「無かった事にしませんか」という俺の提案に頷いて応えて、シャワーを浴びた俺達は別々にホテルを出た。
俺は適当にファミレスで朝食食って、会社に出社したらもう神田は来ていた。つーか、多分帰ってないんだろう。スーツは違う物だったから置きスーツなんだろうか。
少し具合が悪そうだった。いや、あの、すんません。とも謝る訳にもいかない。だって無かった事にしたんだし。
ついさっき、神田は俺達の所に菓子折りを持って謝りに来た。その頃にはキャンセルの原因が神田と客先とのトラブルだった事は部長から説明があって(余計な事すんな!)刺すような視線の中神田は謝罪の言葉を述べて頭を下げていた。
理由を知ってる俺としてはそれ以上責めることなんて出来なくて、早々に営業室に返したけどチームの奴らにはその所為で文句を言われた。仕方がない。理由を知らなければ当然だと思うし、それならいっそ俺が文句を受けたほうがいい。まだマシだ。
「つか、どうなんすかね営業の神田さんって。何か以前も客先とトラブルあったみたいですけど」
「営業成績は可もなく不可もなく、って所らしいけど…………」
文句ついでの噂話を突っ伏したまま聞いた。
「今回の件も営業部長に大目玉食ったとか」
説明出来んよな、それ。気の毒だ。
次の仕事がまだ回ってこないから待機の俺のチームのメンバーは、その後も神田についての噂話をずっと続けていた。
同期の中ではラビが一番最初に昇進した。神田はまだヒラ。という設定。
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