「…………あれ?」

 結局今日は仕事は来なかった。別のチームの手伝いをしている内に六時になり、残業無しでさっさと帰宅しようとビルを出た。
 電車に乗る為に駅へ向かう途中の繁華街を抜け、駅前。雑多な街並みの風景の一部、道路を挟んで反対側に「それ」を見つけた。
 神田だ。

「…………、」

 神田は今朝見たスーツの姿のまま。だからこそ気付いた。俯いていて、顔は見えないけど横からみると細身の体型と長い、目立つ髪でそうだと分かる。
 だが、見つけて目に入った場所が場所だ。

 シティホテルの前。

 この時間帯にホテル、だと嫌でも今朝の事を思い出してしまう。因みに今朝方俺達が出てきたホテルではない。俺達が目を覚ましたのは最悪な事にラブホテルだった。
 …………もしかして、デート? 彼女待ち?
 だとしたら中々に肝の座った奴だ、と感心する。ところであれは浮気にカウントされるんだろうか。俺は、今はフリーだから関係ないけど。
 だけど、俯いたままの神田は、どうにもそんな様子ではなかった。暫く目が逸らせずに見つめていると、やがてでっぷりと腹の出た男が一人、神田に声を掛けた。
 
「…………」

 流石にやり取りは聞こえないし、顔を上げたところで神田がどんな顔をしているかは分からなかった。だけど声を掛けた男が、あれは――――――見たことがある。
 そのまま神田は男に続いて、ホテルの中に入っていった。

 ――――――あいつ、まさか…………

 まさか、でも、もしかしたら!?
 居ても立ってもいられずに、近くの横断歩道を走り渡って、道の向こう。ホテルへ飛び込んだ。

 ロビーでは、神田が一人で佇んでいた。

「――――――神田!」
「っ!?」

 俺が呼ぶと、俯いていた神田は弾かれたように顔を上げ、驚いた顔で俺を見た。

「まさか、」
「どうして、お前が…………」

 互いに動揺してるんだろう、上手く会話が成り立たない!
 色々問いつめたいもどかしさをなんとかやり過ごして、一呼吸置いて。

「…………一緒に入ってきた奴、昨日のキャンセルの所の担当者だろ」
「…………見てたのか…………」

 でっぷりと肥えた、五十を過ぎたジジイ。今はそこに「クソ」を付けてやりたい。そんな奴とこんな所に来るなんて、大体の展開は読めた。

「何? 一晩自由にさせたらキャンセル取り消すって?」
「…………」

 神田は肯定も否定もしなかった。その態度だけでそれが正解だって事はよく分かった。

「あのな、俺はそんな事されても嬉しくも何とも無いさ。しかも今更お蔵入りさせたのをもう一度客先に合わせて再構築させるのも手間なの。あの案件はもうキャンセルでいいし、そのつもりで動いてるから、今更契約取られてもそれはそれで困る」
「…………」

 返事は無い。
 ――――――ああ、もう!


 ガッ、


「!」

 乱暴に腕を取った。そのまま引き摺るようにして、外へ連れ出す。ドアマンが俺達を見ていたが、気に掛ける余裕なんか無かった。

「放せっ…………!」
「馬鹿な事しないなら放してもいいけど?」
「どうせ、一度も二度も、大差は無いだろっ!」
「――――――!」

 虚を、突かれた。

 一回男と寝たのだから、二回目があったって構わない。成程理論は理解できる。零と一の間には深くて長い溝がある。
 だけど。だからと言って、神田があの肥えた男に犯されるのなんて想像するだけで吐き気がした。

「どういう事されるか、分かってんの?」
「…………」

 またしても返答は無い。
 分かってるとは思えなかった。昨日のことだって互いに酔っ払ってたし、相手にも記憶が全部あるとは思えない。

「ねぇ、」
「仕方ねぇだろ、」

 血を吐くような、声。

「神田、」
「俺はお前みたいに優秀じゃねぇし、俺一人の所為でお前達の努力が水の泡になるのも嫌だ」
「…………」
「リーダーにだって言われたんだ、『体でも何でも使って仕事取ってこい』って」
「…………」

 女性社員に言ってたら今頃セクハラで営業リーダーの首は飛んでるところだ。見知った顔を思い出して、暗澹たる気分になる。

「神田君?」
「!」

 言い争っている時に、後ろから声が掛けられた。声に、神田の肩がビクリ、と震えた。

「それは誰だい?」

 苛立ちと嫌悪を籠めて睨み据える。
 太った男。神田を手篭めにしようとした――――――、

「行くよ!」
「っ!?」

 強引にその腕を引いて、呆気に取られた男の前を横切って俺は何処へ向かうでもなく歩き出した。
 道を曲がるまでずっと、粘着質な視線を背中に受けるのを感じながら。






「どう、するんだよ、」

 道を曲がって駅の近くまで来てから、神田がぽつりと呟いた。

「いっそ俺の所為だって思えばいいじゃん」

 今度は邪魔立てしたのは俺だ。それで心の重荷が取れるのならば、俺の所為にすればいい。
 そう考えた俺に、だけど神田が言った言葉は俺の頭を真っ白にするには十分すぎた。

「…………折角アポまで取って貰ったのに、リーダーになんて説明すりゃいいんだよ、こんなの…………」

 リーダーに説明?
 …………まさか、ねぇ、神田。

「神田。…………リーダーって、この件知ってるの?」
「…………? 当たり前だろ、こんなトラブル…………上司に報告しないでどうするんだよ」
「原因も?」

 神田はこくり、と頷いた。

「…………あのおっさんに今日アポ取ったのって、リーダー?」

 その問いにも、神田は頷いた。そりゃそうだ、ついさっきそう言った。神田自身が。

 ――――――っ!!

 何だコレ、何だこの感情!!
 吐き気がする…………っ!!

 拳の中に爪を握りこんで、荒くなりかけた呼吸を必死で平常に保とうと努力する。
 けれど、無意味だった。
 目の前で突然、露骨に苛立った俺にだろう、神田が少し怯えたような顔をした。
 声まで荒げないように深呼吸を繰り返してから。

「…………あのさぁ」
「、」
「神田、自分が売られたって分かってる?」
「…………」
「そっちのリーダーだって分かってるんだろ、こうなるって。分かってて、連絡して来させたんでしょ?」
「…………」

 何だこの苛立ち。

 俺は今の今迄神田が自分の意思で、自分で連絡を取って自分であの男と会ったんだと思ってた。でも、そうじゃない。いや、最終的に来るのを決めたのは本人だとしたって、でもこんなの断れる訳も無いだろうに!!

「…………何があったって、このご時勢に首切られるよりはいいだろ」

 その酷い言葉ですら、当人の諦めの元にあったのなら。
 赦せない。


 吐き気を伴う苛立ちの理由は、赦しがたいと思うその理由は、分からなかった。



 営業リーダーは鬼畜。因みに社長子息。だーれだ。
 自分が苛立ってる本当の理由が分からなくて余計に苛立つそんなラビ。

 →


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