一階にいたエレベータを呼ぶのがもどかしくて階段を駆け上がる。
営業の女の子に聞いた神田が呼ばれた場所は三階上の会議室フロア。勿論こんな早い時間帯に使われるようなフロアじゃない。朝一の会議にしたってまだ早い。
他人に知られないようにこっそり「何か」をするならお誂え向きだろう。
階段からフロアに飛び込む。そこは全く同じ作りのドアが延々と並んでいる。開いているようなドアは無し。
小走りに駆け抜けながらドアの内側の気配を探る。と、だ。
フロア中程の一室から不穏な気配を感じた。
ドアノブを回す。当然開かない。焦りに縺れる指で首元から下げているケースから社員証を取り出し、ドア横の認証機でスキャンした。ピ、と機械音の後に赤いランプが緑に変わる。
ガチャ、と乱暴に押し開いた。
「――――――ん?」
そこで繰り広げられていたのは、俺の予想通りな、そしてそうであって欲しくなかった光景。
会議用の長テーブルの上には余程暴れたのか髪を振り乱してYシャツを奪われた神田の姿。その上に伸し掛かる相手は第一営業リーダーの、ティキ・ミック。その手は神田のベルトに掛けられていた。
踏み込んだ俺も、テーブルの上の二人も一瞬全員動きが止まった。驚いた顔の神田が、俺を見てほんの僅かに安堵したような表情を、した。その目元には涙が溜まっている。分かっちゃいたけど同意の上じゃないのは明らかだ。。
俺の心は決まってた。クビ上等、警察沙汰上等っ!
足音荒くツカツカ二人の方へ歩く。取り繕うように神田の上から体を起こしたティキ・ミックに、俺は大きく振りかぶって――――――
全身全霊、全体重を込めたグーパンをそのフザけたツラに叩き込んだ。
俺が叩き込んだフルパワーのグーパンは運良くか運悪くか人体急所の鼻の下、人中に入ったらしい。俺には人並な喧嘩の経験はあっても格闘技の経験は無いから完全な偶然だ。
ぶっ倒れて動かなくなったティキ・ミックに俺は医務室に連絡して産業医を呼び、神田にシャツとジャケットを着るよう促してから人事部長と総務部長と営業部長、それから上司の開発部長コムイを呼んだ。
奴が医務室に運ばれていった後、俺は駆けつけたコムイ他上司連中に半ば拘束されるようにして連れて来られた。神田は先に別室で、総務部長から事情を訊かれていた。その方が有り難かった。神田が自らの男としてのプライドの為に口を開かずだんまりを決め込むようなら俺はそれを尊重するつもりだったからだ。俺には神田と違い、暴力沙汰を理由に首を切られても即座に同業他社に鞍替えできる自信があった。事実ヘッドハンティングの誘いを受けたのは一度や二度じゃない。警察沙汰にというなら俺がこれまで見聞きした奴の所業を会社がバラされたら一番困る所にバラしてやる。
だが神田は俺の予想に反して全て話した。
営業先の担当者にセクハラを受け強姦されかけた事。逃れる為に殴った事。その為に仕事をキャンセルされた事。仕事の再受注の為にティキ・ミックが相手先に連絡を取り、相手とホテルに行かせようとしたこと。俺がそれを咎め立てた事。それから、今朝、呼び出されてされそうになった事。
苦痛でも屈辱でもあっただろう。けれど神田は蒼白な顔で全てを話したらしい。営業部長はキャンセルの件は知っていても事情は知らなかったらしく暫く絶句していた。
「そんな事があったとは…………道理で頑として口を割らないはずだ。寧ろ此方から訴訟を起こせるような問題じゃないか」
営業部長の言葉に、俺は神田が咎められることは無さそうだと小さく安堵した。
神田については仕事と取引先一つを無くしたとはいえ正当防衛だとして無罪確定だが会社の人間、それも一応社長の息子である奴をぶん殴って昏倒させた俺にはまた別の事情聴取が待ち構えていた。今は四部長と一緒に社長室だ。俺は正直な所ぶん殴ったことについて全く悪いと思っていないので堂々と社長他重役の前に立つ。
「…………まぁ、彼をクビにするのは結構ですがその場合、営業受注は前年比80%程度に抑えて下さい。彼一人で開発全体の仕事の内20%位をこなしてますから。彼を失う事は開発引いては売上業績について多大な損失であることは申し上げておきます」
「…………」
コムイの援護の言葉に悪いな、とそこだけは素直に思った。生憎此方はクビ上等だけどね。
「…………」
社長が顔を覆って大きな溜息。重役連中、特に社長の身内の中には俺を睨む奴も居たけれど同じ位の強さで睨み返してやった。――――――やれるもんならやってみやがれ! 受けて立つさ!!
強く睨み返すと向こうから気まずげに視線を逸した。当事者じゃないから弱いとは言え殴られるような理由は向こうにある。同性の部下に強姦未遂なんて触れて回られたら痛いのはティキ・ミックの方だ。そんな事を噂ででも立てられちゃ困る身分も立場もある。俺がクビを切った所で大人しくしているとは誰も思ってないだろう。実際大人しくなどしてやらない。
そんな俺達を営業部長がハラハラと見守っていた。
暫くの小声の遣り取りと小さなざわめきの後。
社長から、「この件については一切を不問にし、一切の口外を禁じる」という言葉が出、俺は晴れて無罪放免を勝ち取った。
「ふーん、へー。ほー。支社かぁ」
開発の部長室。社長室から戻ってきたままコムイから呼ばれてその部屋に入った。
聞いたのはティキ・ミックの処分で、当分の間遠い遠い田舎にある支社に出向。戻りは未定。本人から反対の声は無し、らしい。ほとぼりが冷める迄か若しくは俺が辞める迄の間、のどっちかだろう。
立場を考えれば本社から遠い小さな支社への出向は出世街道から外れた事を示している。とはいえ社長が息子可愛さに取り立てる可能性は十分あるけれど、そこはどうでもよかった。もしそうなったらそうなった時、所詮此処はそれまでの会社だった、って事さ。
開発のメンツは気に入ってるけど会社自体にそこまで未練はないから、案外奴が戻ってこれるのは早いかも知れない。庇ってくれたコムイの前で口にするのは憚られてそれは胸に秘めておく。
「それから…………」
コムイは一つ溜息を吐いた。
「?」
「第一営業の神田君ね。彼、辞表出したみたい」
ティキは神田と同じ大学出身で元々顔見知り。その頃から狙われてたけど神田はそんな事は知らない。
襲った口実は「男相手が怖いんなら練習させてやるよ」です。わぁひでぇ。
ラビは有能で自分で自分の価値を理解してるから本来情には厚いんだけどものすごく強気でビジネスライク。
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