昼休み。
今朝の騒ぎもあり(つーか帰らせてやれよ気が利かねーな、とは思った)内勤だという神田の姿は俺が行った頃には営業部に無かった。食堂もカフェテリアも確認したけどやっぱりいない。
何処へ行ったやら、こういう時無駄に広い社内を呪う。実に大変さ。放送で呼び立てる訳にも行かないし。
上へ上へふらふらしながら探して最後に辿り着いたのは屋上。そこは緑化運動とかで小さな庭園が整備されている。もっと暖かい時期になれば此処でランチを広げる人間も現れるけど優雅なランチタイムを過ごすにはまだ少し肌寒かった。人の気配は殆ど無い。
整えられた花壇と芝生を乗り越えて彷徨いている内に――――――、見つけた。丁度屋上エリアの隅っこ、手すりの所に…………っておい、まさか!?
「は、早まるなぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「は? あ、うわっ!?」
手すりに手を掛けて外を見ていた神田に向かって俺はタックルした! 驚いた神田と顔面同士で見事にぶつかる。身長が大して変わらなかったのが災いした。
勢い付いて止まらず俺達は歩道の上、それから芝生の上に転がった。神田のジャケットは残念な事になった。
逃すまい、とがっちりホールドする。俺達は暫く芝生の上でじっとしていた。俺の服も土埃だらけだろう。
互いに色々な意味での衝撃をやり過ごして、
「な、んだよっ」
「待て待て待て! 早まんな! そりゃ色々キッツイ目に遭ったのは分かってるけど、でも生きてりゃ絶対良い事あるからっ」
頼むから飛び降りとかホント勘弁して下さい!!
俺が言い募ると神田はポカンとした顔で俺を見て、
「…………何の話だ?」
「飛び降りようとしてたんじゃないの?」
「んな事するかっ!!」
全力で否定した。
あ、ああ良かった…………自殺しようとしたんじゃないんさね…………。
余りにも間抜けな俺の勘違いと余りにも酷い今の互いの状態に、俺達は小さく吹き出した。
それから、子供みたいに声を上げて笑った。
あ、神田の笑顔って初めて見た。ドクドクと平和で不穏な音で心臓が鳴る。
一頻り笑った後、俺達は芝生の上で座り込んだ。草と土埃で神田のジャケットとズボンはエラいことになっているがもう今更だ。
「…………。会社、辞めるの?」
俺の言葉に神田は静かに頷いた。
「どうして? やっぱ、色々知られて居辛くなった?」
少しだけ気まずかった。神田が喋りたくもないことを喋ったのは、俺の為だっていうのは理解してた。
神田が事情を説明しなければ俺は無意味に他人に暴力を振るった男、という犯罪者のレッテルを貼られることになる。俺はそれでも良かったけどね。
「…………それも無い事は無い、が。やっぱりこの仕事もこの会社も俺に合ってないんだと思った。元々、何れは転職するつもりだったからな」
「…………」
「此処辞めるって話をしたら、大学の時の後輩が自分の会社の欠員の話回してくれた。体力仕事だから体育会系の後輩の紹介なら是非にって話で、此処よりずっと小さい会社だが、そっちに行こうと思ってる」
神田にしてみれば顔見知りがいるところのほうが安心できるのかも知れない。
次を見つけた人間に対しての引き止めは無意味だ。もう神田は前に進もうとしてる。
「営業部長は何て?」
「一応引き止めてもらいはしたが、俺の成績は元々中の中位だから居なくなっても困らないだろ」
確かに口下手で交渉に長けているとは言い難いけど真面目で誠実で、客先の受けも悪くなかった、とはまだ入社したばかりの頃の神田と仕事したというリーバーの言葉。営業部長からうちのチームのキャンセルの説明があった時にも神田が客先とトラブル起こすなんて思えないんだが、と不審げに呟いていた。
「そ、か。何時頃?」
「二ヶ月後だ。社宅に住んでるから、まずは引越し先見つけねぇと辞めるに辞められない」
神田は落ち着いたのか、表情が随分柔らかくなってた。同時にその中には今更俺がどうこう言っても覆せない決意のようなものも感じさせて、俺は引きとめうとする言葉を飲み込む。
「…………なー神田」
「?」
「此処辞めても、たまには会って、一緒に飲もーぜ。…………って、あの、コレは変な意味じゃないからねっ!?」
断じて酔わせてどうこうとかじゃないからっ!!
「別にいいけど。…………お前も、大概物好きだな」
神田と俺はもう一回、笑いあった。
開発室に戻ったらボロボロの格好に驚かれて、それで鏡を確認したら俺の唇は真ん中の辺りが少し切れて血が滲んでいた。硬いものをぶつけられた記憶があるから、多分、神田の歯が当たったんだろう。いやタックルしたのは俺だから俺が悪いんだけど。
「どーりで痛かった訳さ…………」
神田と話してる間もヒリヒリしていた。あっちは怪我しなかっただろうか。
デスクで鏡を見てつらつら考えていると、営業から送られてきたんだろう分厚い仕様書と納期、見積書の束を振り回す俺のチームのメンバーが叫び声を上げた。
「リーダー! 新しい仕事来てますよ! 遊んでないで来てくださいっ!」
「遊んでって…………」
遊んでは無い。断じて無い。
よっこらせ、と呟きつつ椅子から立ち上がった。最近鈍り気味の体には今日は色々きつかった。まだ午後イチだなんて信じたくない程度に。
「どれどれ? どんなの?」
「こないだのキャンセル物件のに似てますね。あれにちょっと修正掛ければ出来そうですよ」
「ラッキー、楽な案件さね。任せていい? 俺並行で別の作成案件当たるわ」
「分かりました」
俺のデスクには勿論別案件の仕事が山高く積まれている。まぁ何時ものことさ。
「所でそれ、営業は何処担当? 第一? 第二?」
「えーと…………。第一営業部ですね。チャオジーさんです」
「ふーん…………」
偶然なのかわざわざキャンセル案件と似た仕様で営業取ってきたのか。後者だとすれば神田に対するフォローだ。
「アイツ結構好かれてんじゃん」
「は?」
「いーえ何でも。さ、仕事仕事! 今日も定時で帰るさー!」
俺の掛け声にメンバーは適当な返事を返しつつ散らばっていく。俺は自分の所に置かれてた案件の束を流し読みする。うん、大丈夫。大したモノは無い。俺ともう一人か二人入れば十分さ。
――――――と、携帯がマナーモードのバイブでメール着信を告げた。
「おっと」
画面を切り替えて確認する。そこには先程神田に押し付けた俺のメールアドレス、に対する返信だった。
ちゃんとタイトルも入っている。真面目なことで、と小さく笑った。
来てる仕事は大したこと無いけど、こっちは大変そうな案件だ。完成は何処なのかも分からない。ま、もう若くはないけど取り敢えずへばらない程度に突っ走ってみようと思う。
メールを真面目な顔で作っている神田を思い浮かべてから、俺は画面を消した。
この時の俺は、まさか自分と神田が二ヶ月後同棲するようになるとは夢にも思ってなかった。
<完>
思わせぶりなことを言いつつ此処で終わり。何故ならオフィスラブじゃなくなるから。
結局Cから始まりBすっ飛ばしてAに行ったそんな二人。
ちなみに別会社に居る神田の大学時代の後輩は白いあの人。