下のコンビニで弁当二つとサラダを適当に買ってきて食事を済ませる。その後は力仕事が待っていた。
 書類倉庫と化していた部屋の中で一番荷物の少ない部屋から全ての荷物を撤去して空け、簡単に掃除を済ませた。ハウスキーピングサービスを頼んでもいるけれど、ろくに使ってもいない部屋まで毎回掃除してもらっている訳ではない。それはただの金の無駄だ。
 ボトムス掛けと化していたソファーベッドを引っ張り込み――――――同棲を解消した時にそれまで置いてあった元彼女のベッドは処分した、だって其の上で俺のいない間に俺の知らない男と致してたんだ、流石に気分が悪い――――――その上に真新しいシーツを引く。毛布も洗ってしまってあったものをもう一度乾燥機にかけてふわふわにした。
 俺があれこれと作業している間、神田は気まずそうにリビングの椅子に腰掛けている。どうやら足首は痛みがぶり返して腫れて来たらしい。もしかして、気付けの酒が悪かったんだろうか。だとしたら悪い事をした。

「用意できたけど…………歩ける?」
「そこまで重傷じゃねぇ」

 ふらつきながら立ち上がった神田は、けれど一歩踏み出して顔を顰めた。予想以上に痛んだのか。
 俺は傍らに寄って肩を貸した。次いでに腰を引き寄せたのは――――――まぁ、介護上の必要に迫られた、ということにしておこう。
 主に痛めたと聞いているのは右足首で、包帯もそちらに巻かれている。けれど左足首の調子も良いようには見えなかった。痛む右を庇っている内に痛めたか。これは明日もう一度病院に行って、左足首も診てもらった方が良いかもしれない。

「っ、」

 身長に殆ど差が無い所為で、神田が小さく漏らす呻き声が妙に生々しく耳元に届いた。ぞくりと腰にざわめきを感じたけれど、今はそういう時じゃない。
 ゆっくりゆっくり歩いて、そして数分掛けて漸くソファーベッドの上に腰掛けさせられた。ふぅ、と満足感に額を拭う。

「夜中が大変さね、トイレとか行きたくなったら呼んでもらってもいいけど」
「そこまで手を借りるつもりは、」
「ってかこれ、本当に捻挫? 実は折れてない?」

 本当にちゃんとレントゲンとか撮ったんだろうか。
 そう尋ねると、神田は首を横に振った。

「俺が大した事ねぇと思ったから」
「でも捻挫でこんなに腫れる?」

 神田の足首は明らかに、この家に最初に入ってきた時と形が違う気がする。

「…………明日もう一度、病院行って来る」
「そうした方がいいさ。ごめん、付き添えないけど…………明日の昼飯と夕飯、下で買って冷蔵庫入れとくから食っといて」
「分かった」

 俺は明日も仕事だ。有給でも取れればいいんだけど、流石に家族でもない相手の通院介助っていう名目で休みを取るのは難しそうな位には仕事は煮詰まってきている。

「明日の朝合鍵渡すから」
「あぁ。…………悪いな、色々世話になって。後で全部請求してくれ」
「いや、いーって。怪我が治った時にその分奢ってくれればいーさ」

 俺の言葉に神田は小さくくつりと笑った。笑うと本当に、綺麗な顔なんだよなぁ…………。いや笑わなくても綺麗なんだけど。
 無事な腕を使ってベッドの上に寝そべった神田におやすみ、と一声掛けて俺は部屋から出た。

 

 

 朝。普段は家で朝食を摂る習慣はない――――――食べるとしたら駅の喫茶店でか、会社に行ってからだ――――――けれど、神田はそうでもなさそうだから一応また下のコンビニで朝食にとサンドイッチ、それから神田の昼飯と夕飯になりそうなカップの麺類と弁当を買ってきておいた。三食コンビニ飯で悪いけど、俺は自炊の習慣が殆ど無い。今夜も出来る限り帰ってくるつもりだけれど、もし帰ってこれなかった場合の事を考えて食料は多めに用意しておいた。

「じゃあ行ってくるけど、何時に帰ってくるかも分かんないし、飯食ったらとっとと寝ていーから」
「ああ、分かった」

 足首はやっぱり腫れ上がっていて、痛々しい。これは折れてたか、と諦め顔で呟いた神田にまた肩を貸し、一階まで降りる。エントランスを抜けて外に出ると直ぐ傍には地下鉄への入り口。其処に入る前に、手を上げてタクシーを止めた。乗るのにも手を貸し、運転手に昨日神田が診察を受けた病院の名前を告げる。
 運転手が何かを操作してドアを閉めた。タクシーの中の神田に軽く手を上げると、同じような挙手が返ってくる。
 暫く見送って、それから俺は頭の中を仕事モードに切り替えた。

 


「ラビさん、今日集中してるっすね」
「え、そう?」

 何時もどおりパソコンに向かっているとチームんのメンバーから声をかけられた。
 今日は内勤だけだ。顧客に提出する報告書を纏めつつ、メンバー達の進度を確認し、ついでに自分の割り当て分を組んでいく。

「だってもう十四時過ぎてますよ? 昼行ってませんよね」
「あっれ?」

 全然気づかなかった。
 見れば確かに時間は十四半時を少し過ぎた所。自覚すると突然腹が空っぽであることを主張してくる。

「あー、飯行ってくるわ」
「いってらっしゃい」

 メンバーのデスクに声をかけながら、俺は開発室を出た。進度は順調。此処で休憩を一時間とっても、問題がなければ定時から一時間以内で帰れそうだ。
 何時の間にか凝り固まっていた肩を軽く回して解しながら無人のエレベーターで最上階を目指す。食堂でがっつり定食や丼物にするか、カフェテリアで軽くサンドイッチでも食べるか。
 がっつりだな、と決め込んで俺は食堂の自動ドアを潜った。ランチタイムには遅い時間だからか、人はまばらだ。いる人間も新聞片手に珈琲を啜ってたり、PCに向かってたりする奴が何人か。ランチメニューの提供時間が過ぎている訳ではないから、そんな彼らを横目に無人の券売機に並ぶ。社員証を翳して、ちょっと考えてから焼肉丼とセットサラダのボタンを押した。
 家に帰るなら、神田にももうちょっとまともな物買って行こう。食べるのも飲むのも俺が考える成人男性の平均より遥かに少ない相手だけど、流石にコンビニ飯連続は嬉しくないだろうし。
 威勢のいいおばちゃんからトレーを受け取り、近くのテーブルに座って甘辛い味付けの焼肉と白米をかきこみながら、何買って帰ろうか、と思案に暮れた。

 


 怪我人にアルコール駄目ゼッタイ。


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