黒の国では満五歳を迎えた全ての子供に対して、とある適性検査を行う。
それは、世界中で黒の国のみに生息する地上最強の固有種、竜族と契約可能な人材――――――通称、竜使い――――――かどうかを調べるためのものだ。
黒の国は諸外国の侵攻を竜の力を以て食い止めてきた。
黒の国の民にとって竜は崇め畏れるべき存在なのだった。
――――――遠くから、竜の吼える声がする。
「ジ、ジジィ?」
「…………」
不安げに祖父の服裾を掴んで見上げる子供の名前はラビ。つい先日五歳の誕生日を迎え、規定通りの竜使い適性検査を受けそして見事合格してみせた子供だ。
「竜さん、怒ってるんさ…………?」
「さてな。――――――ラビ、この先に御座すは偉大なる赤竜。無礼は無いようにな。かの御方にとってお前なぞ一呑みだぞ」
「ぴぃぃぃぃぃぃぃ!!」
不安も最高潮に達したか、小動物のような悲鳴を上げて泣き騒ぐ孫をひょい、と片腕に抱えあげた祖父は眼前の大きな扉に向き直った。重厚な赤みを帯びた木に竜の図が繊細に彫り込まれた扉はそれが赤竜種の、力ある個体の部屋である事を示している。
孫に無礼が無いよう言い聞かせたが、拝謁に緊張を強いられる程の相手であるのは祖父にとっても同じ。年寄りの心臓には悪い――――――そんな事を思いながら、彼はその扉をノックした。
部屋は広く、奥には広い黒壇の一枚板の机と豪奢な椅子。まるで政府高官のような待遇だ。
そこに納まっているのは紅髪に紅眼の大柄な男。何処からどう見てもそれは人間であるが、ラビの、その身の内に流れる竜使いの名門の血がもたらす直感は、その彼が「人間ではない」という事を気づかせていた。
「ようやく来たか」
「お待たせ致した、赤竜王」
「っ、」
祖父の言葉にラビは目を見張る。
この世界に住まう竜族は、体色により五種に大別される。赤竜種、白竜種、青竜種、黄(金)竜種、黒竜種。彼らは同じ竜族とは言えどもそれぞれに文化も生活も異なる。そしてそれぞれの色種を統べる、たった五頭しか居ない各色種の長が「竜王」だ。黒の国の子供達は親からおとぎ話の一つとして彼らの偉大な功績を聞き、崇敬する。
その崇敬の相手が目の前にいるのだ。ラビの肩はぴくりと震えた。感情は崇敬と絶対的強者を前にした小動物の恐怖との間で揺れる。
「お前の孫は無事に通ったか」
「はい」
「まぁ当然と言えば当然だな。代々お前の一族には期待している」
子供の聡さに満足した男はニヤリ、と笑い眼を細める。それまで人と変わらぬ姿であったものが、少しだけ竜のそれへと変化する。眼の瞳孔が人の丸いものから竜族特有の縦長のものへと変わった。
「ラビ、挨拶せい」
背を押され祖父よりも一歩、男の前へと出たラビは半泣きで、
「…………せ、せきりゅーおう様初めまして、ラビです…………」
「あぁ。ブックマンの跡取り息子か」
ポン、と頭の上に置かれた手は大きい。
「丁度良い。フリーの竜が集まってるところだ」
「わっ!」
ひょい、と荷物のように抱えあげられたラビは赤竜王の肩へ。肩の上の荷物が目を白黒させていることなど一向に意に介さぬ赤竜王は勢い良く扉を開いた。祖父は静かにその後に従う。
――――――ギャオオオオオオッ
「ぴっ!?」
先程聞いた咆哮よりも、距離が近い。
回廊の硝子窓が音の衝撃にビリビリと震えた。赤竜王はニィ、と笑みを浮かべどこか愉しそうに呟く。
「若い奴らは血の気が多くていかんな」
回廊奥の一際大きな硝子窓。
そこからは外――――――この竜族と竜使い適正を持つ人間のペアリングを目的としたこの施設の広大な敷地のほぼ全て――――――を一望できる。手前にあるのは竜や竜使い、その候補達の為の宿舎。そのすぐ奥には訓練に使われる砂場。最奥には、生まれ故郷を離れ人の領土にやってきた竜達にせめて故郷に近い環境をと作られた森が広がっている。通常であれば二、三ペアずつの竜と竜使いがいるであろう砂場には、今多くの竜が集まっていた。一目で竜とわかるのは勿論彼ら全てが人の姿ではなく竜の姿を取っていたからだ。
「――――――六対一ですな。もう一方いるようですが、見ているだけのようだ」
祖父がぽつん、と呟いた。
言葉通りだった。
赤やそれに類する体色の竜達――――――赤竜種の竜達がまるで頭を付き合わして円陣でも組むかのようにしている。その中心部には体色の違う一頭の黒竜がいた。幼竜や子竜では無さそうだが、それでも他の取り囲む側の竜に比べると数割細い。若い竜なのか、雌であろうか、と祖父は目を細める。
だが細いからと言って弱いわけでも、ましてや周囲の竜達に取り争われる雌でも無かったようで、黒竜は一声咆哮をあげると容赦なく尾で身近にいた赤竜を叩き伏せた
。
「わ、」
その様子に未だ担がれたままのラビがびく、と震える。竜族は滅多に同族同士で争う事はないが――――――赤竜族の力比べを除いてだ――――――、その滅多にない争いは迫力あるものだ。
続いて若い黒竜は目の前にいた赤竜に向かって突撃し、体当たりで赤竜の一頭を地面の上に転がす。
「情けねぇ。大の大人が揃って若造に転がされるとは」
溜息を吐いた赤竜王は大窓から離れた。付き従う祖父は竜の争いに興味があったか、再度ちらりと視線を送る。そこでは黒竜がブレスで残りの四頭を蹴ちらしているところだった。
階段を下り、建物から外へ。
もうもうと砂煙が立ちこめる砂場は職員達の手で水が巻かれ修復が始まっていた。
その場にいる竜は八頭。黒竜が二頭、赤竜が六頭。竜体で砂場に現れるには多い数だ。
赤竜の方は六頭全てが砂場でぐったりと伏している。黒竜同士はなにやら吼えあっているが、それは未だ竜使いの適正はあれど竜使いではないラビには理解できない。
「――――――ったく、だらしねぇ。おいお前ら、赤の恥晒してんじゃねぇぞ」
倒れ伏した六頭にそう声をかけた赤竜王は、自身が砂場に現れたときよりこちらを注視している黒竜達に視線を向けた。――――――黒竜の内一頭がゆっくりと歩み寄ってくる。ズシン、と聞こえる足音は大きく小さなラビの体の中に響くようだ。
眼前まで黒竜が近づき頭を下げると、ラビにもその顔が見て取れる。
体色は黒。だが眼は金で尾には金が細く模様として入っている。バイカラーだ。
その金にじっと見据えられ、ラビは恐怖とも何とも付かない感情に固まった。
「おいティキ。人間のガキをビビらせて楽しいか?」
その言葉に反応したか、大きな竜の体は淡く光に包まれて急速に集束する。
現れたのは、まるで竜とはわからない人の形を取った青年だ。
「いやいや、別にそんなつもりはないんすけど。つーかすんませんね、赤の長。うちの若いのが暴れ回っちゃって」
「若造にやられんならそりゃうちのが弱かったってだけだろ。挑発したのはうちのか?」
「…………あー、まぁそうです。あれを挑発って言うならですけど」
「喧嘩ふっかけた上に多勢で挑んといて負けてりゃお前ら本当に世話ねぇな」
呆れた様子で頭を降った赤竜王は、視線を目の前の青年から奥にいる黒龍へと向け直す。
スラリとしたしなやかな体躯。先程赤竜と戦っていたのはこちらか、と祖父も視線を同じ方へ。黒一色の体色。黒の眼。黒龍のストレート種だ。
暫し赤竜王と睨み合っていた――――――少なくともラビにはそう感じられた――――――黒龍はやがて自らの羽の力だけで飛び上がった。暫く空中でホバリングし、砂埃を舞い上げる。
そして上空へと舞い上がり、森の方へと姿を消した。
「…………黒い竜さん…………」
「ティキ。アイツは今日のペアリングで相手見つけたか?」
「いーえ全然。力量なら十分ありそうな竜使い候補もみーんな振り落としちまって。あんまり態度悪いから赤の奴らに喧嘩売られたんですけどね」
「は、上等だ。――――――おい、チビ」
「へ? あ? お、俺?」
「お前のペアリング相手候補は今飛んでった竜だ」
「「え゛」」
ラビと祖父の声が重なる。
…………一般的に黒竜種は気性が激しく扱い辛い。個体数が他色種に比べて少ないこともあり、竜使いと契約するのは稀だ。ましてやその気質を最も反映するストレート種となれば尚更。
「まじすか、赤の長。そんなちまっこいのに神田を? 止めといた方がいいんじゃねぇっすか?」
「ちまっこいからこそ良いんじゃねぇか。あの跳ねっ返りも『本能』には逆らえんだろう」
「…………まぁ、そりゃそうでしょうけども…………」
眉根を寄せてうーん、と唸る青年は固まるラビの頭を撫で。
「まぁ、頑張れよチビ。なーに、アイツ菜食主義だから少なくともとって食われる事だけはねぇよ。踏み潰されることはあってもな」
そんなラビにとっては何一つとして慰めにならないことを言った。
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ツイッターのお供ドラゴン診断でラビの相手が黒竜だったことにちなんで始めてみました。
ラビ五歳。神田は百五十歳程度。ティキが三百歳程度。赤竜王(クロス)千年は超えてる。
百五十歳は竜的には若造。
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