もうじき俺達竜使いにとっての春季休暇が始まる。
それは要するに、ユウ達、竜にとっての春のシーズン、つまり発情期が来るって事だ。
その所為か最近のユウは落ち着きが無く苛立っていた。俺が一緒にいない時なんて他の竜との小競り合いもしょっちゅうだ。原因はちょっかいを出される――――――つまり交尾のお誘いをされてるから、っていうんだからまぁ俺が文句をつける事は無い。こういうときユウが上位の力を持った竜で良かったと思うだけだ。
子供の頃にはひた隠しにされてたけど、流石に俺が大人になったからかユウや他の竜達はそれを隠そうとしない。まぁ竜からしてみれば一年いつでも子供を作れる人間なんて年中発情期みたいなもんで、そっちの方こそそれどうよ、とか思ってるようだからお互い様だ。
竜は成竜ともなれば自分の血統を後世に遺すのを第一の目標とする。それが生きる目的であり、また義務であるとも思っているらしい。俺達人間からしてみれば誰彼構わずといった状況も、全ては血統を遺すが為の事だ。
…………となれば、ユウの状態こそが竜にとっては異常といえるんだろう。
「…………」
ちらりと視線を向けた先のユウはベッドの上だ。だるいらしくて、外から戻り水を浴びるなり横になってしまった。どうやら宿舎内にいる、発情間近の他の竜の気配に随分と当てられてるみたいだ。
前回、去年の秋ののシーズンの時には、ユウの同胞のティキに「アイツの強情さも大概だよなぁ」って愚痴られたもんさ。苦しんでいるのを見るのが忍びないから「楽」にしてやろうとユウに手を伸ばして、思いっきりぶん殴られた所を見た。
身体の不調も満たされない苛立ちも、ただ彼らの輪に飛び込んでしまうだけで楽になれるのに。
今のユウは誰も受け付けない。――――――ただ一人、俺を除いては。
「ユウ、大丈夫?」
「…………あぁ」
声を掛けるとやや間があってから掠れた声で返事が帰って来た。
「何か食べない? 俺が食堂から取ってくるさ」
「いや、いい…………」
ここ数日、竜の集まる食堂に行くのが嫌という事もあり録に何も口にしていない。それもまた辛いだろうと声を掛けても緩やかな拒否が返って来るだけだ。ベッドの近くによるとユウは薄らと目を開いた。頬に触れると少しばかり顔を顰める。
「ユウ…………」
「お前は早く、帰り支度でもしてろよ」
「…………うん」
子供の頃と同様に大人の竜使い達もこの時期には長期休暇を取るのが慣例だ。竜族の子孫繁栄は国としても望む所だから邪魔するわけにはいかないし、そもそも物理的に危ない。
長期の休暇を利用して故郷の家族の下に帰る者、或いは遠方へ旅に出る者も多い。この時期を除いては軍の命令に二十四時間いつでも即応する義務があるのだから、年に二度の休暇を楽しみにしている人間が大半だろう。最も今の俺にとっては気がかりしかないけれど。
シーズンが終わるまでの三週間弱、何も食べずに――――――何故なら栄養を取って健康になればなる程、発情が強まるからだ――――――ユウはこの部屋に閉じこもって過ごすと言う。此処に来た最初の内は黒竜種の故郷、東部峡谷に帰っていたらしいけれど、近年はユウ自身が成熟し始めている所為で発情が強まり、帰り着くのが厳しいのだと言っていた。
「チッ…………」
枕に顔を埋めたユウは、小さく身体を丸めて何かから身を守るようにしていた。
既に早い奴は休暇に入っている。俺達の休暇に入るタイミングはパートナーの竜の発情次第なので、時期には若干バラつきがある。
竜使いやその候補生、或いは世話役の人間が減り、代わりに普段各々の住処にいる竜がやってくる――――――勿論それはシーズンでの繁殖相手探しが目的だ、この時期の此処はそういう使われ方をする。宛ら実践見合い会場ってとこだろう―――――から、人と竜の数は普段と逆転し始めている。
「ラビ」
「うん? あ、ボスだ」
声を掛けられて振り向く。と、そこにいたのは俺達のボスにあたる赤竜王クロスだ。バインダーを片手に持ちそれで肩を叩きながら目を細めて、
「ユウの様子はどうだ」
「あー…………辛そうだった。シーズンにはまだ入ってないみたいだけど」
「アイツの強情さにはいっそ感心するぞ。俺達のシーズンっつーのは、本来理性で抑え切れるようなもんじゃねぇ。うちの若いのなんざシーズン中何度雌を巡って血を見るか」
溜息を吐いてクロスは首を振った。
「何も誰かと番になれって言ってんじゃねぇ。ちょっと出てきて雌と二、三度楽しめば楽になるっつーのに」
「うーん…………」
「ほっとけばその内諦めるもんだとばかり思ってたが」
ちらり、と視線を向けた先は俺達の部屋の方。
「雌よりも雄の方が好みならいっそ俺が直々に相手してやるが」
「違うと思うさ、去年ティキがそれでぶん殴られてたし!」
さらりと空恐ろしい事をいうクロスに慌てて答えておく。
「らしいな。…………馬鹿な奴だ」
言葉の辛辣さとは裏腹に、俺達の部屋の方に向けた視線には僅かながらも案じるような色。ユウにちょっかいを出す奴らだって別にユウをからかっている訳じゃない、ユウが魅力的に映る事も多分にあるかもしれないけど、一番はその身を案じての事だ。
この時期に他のどの欲求よりも高まるそれを堪えるのが、辛いのも、苦しいのも知っている。
けれどそれでも尚、ユウが誰かと親しく交わる事を良しと思えない俺は心が狭いのか薄情なのかもしれない、と小さく胸の中で呟いた。
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