…………暖かい…………。
 何だろう、此処。

 眩しくて、目が覚めた。

「?」

 身体の上には大きな葉っぱ。

「…………目ぇ醒ましたか、ガキ」
「!」

 突然掛けられた声にラビは跳ね上がった。
 恐る恐る振り向くとそこにいたのは腕組みをして見下ろしてくる青年だ。パッと見は青年――――――だがしかし、「そう」でないことをラビの本能は察知している。

「黒い、竜さん?」
「…………ガキでも分かんのか。不思議な奴らだな、お前ら竜使いって奴らは」
「…………?」

 黒い目。黒い瞳。それは昨日見た黒い竜と同じ特徴。

「親んとこ帰れ。あの小さいジジィか?」
「え? んーん、ジジィは俺のじいちゃんさー。」
「そうかよ。どうでもいいから帰れ」
「…………帰って来るなって言われたんさぁ…………」
「…………」

 縋るような目で見られて神田はたじろいだ。
 成竜に、大人になったとはいえ基本的に黒の一族の間での神田の扱いは「ほぼ子供、可愛らしい一族の末っ子」だ。それは最も若い為であり、他の黒の竜に子供ができない限りは神田はずっとその扱いであろう。
 故に。彼は本能では「子供」に対しどうすればいいのか解っているのに経験不足から動けないでいた。竜の言う本能は勿論子の望むことを叶えてやる事に他ならない。しつけにならない場合を除けは竜の子供に対する態度は甘かった。

 涙すら湛えた翠の目。
 じっ、と見つめてくるそれは子供の望みを雄弁に訴えている。人が、稀少な竜使いの素質を持つ子供を無意味に危険に晒す様なことは無い事は解っている。恐らくは契約を求められているのだろう。
 契約の方法は解っているしそもそもそれが目的で此処に居る。来ておきながら頑なに契約を拒み続けた事は他の竜から顰蹙を買い、それは昨日の喧嘩に発展した。厳密に言えば顰蹙を買い緊張状態になり、緩和のためと交尾を求められたのをはねつけた為に喧嘩になった。神田からしてみれば過程が異なったところでどちらにしろ蹴散らすのだから同じだ。

「竜さん、竜さん、」
「…………何だよ」

 小さな手を伸ばして赤い髪の子供は訴える。竜だったら赤龍の子だな、などと半ば現実逃避気味に考えつつ。

「俺と、契約して?」

 ――――――この時程青年、黒竜の神田ユウは竜としての本能の一つ「子供には逆らえない」を後悔した事はなかった。









「俺の名前は神田ユウだ。覚えろ」
「ユウ?」
「…………神田が血名。個体名がユウだ」
「?」

 ラビの前で諦めたように座り込んだ神田はそう告げた。

「お前たちの言うファミリーネームが血名、ファーストネームが個体名だと思えばいい」
「う、うん?」
「忘れるなよ」

 念押しした神田は自分の指を口元まで運び、鋭い犬歯で噛んだ。

「!」

 直ぐに赤が滲み、ラビはそれを見て目を見張る。
 湯気が立つほどに熱い――――――竜の血は沸騰するほど熱いのだ――――――それを暫く舌でチロチロと舐めとっていた神田はラビをちら、と見ると素早くその半開きにされた小さな唇を自分の唇で塞いだ。

「!?」

 神田からの突然の行動に驚いた顔をしたラビは、けれど次の瞬間送り込まれてきたものの熱さに目を見張る。
 それは口の中を火傷寸前にするほどの熱さだった。直に浴びればただでは済まぬ竜の血は、神田の口内で多少冷まされていたからこそその程度で済んだ。

「んぅ!? んぅー、んー!」

 神田は、その熱さと味に驚きじたばた暴れる小さな身体を押さえつけながら自らの血をラビに送り込む。
 やがてそう長くはない接吻を終え、神田から離れた。

「うー…………変な味ー…………」
「おい、吐くなよ。吐いたら契約破棄…………になんのか?」

 契約の方法は知っていても実行したのはこれが最初になる神田には、細かい事など分からない。きっとティキか赤の長なら知っているのだろう、と考える。
 口の中の違和感に眉根を寄せるラビに、携えていた木を繰り抜いた椀の水を飲ませ、

「戻るぞ」
「え? え、え?」
「…………俺と契約したんだから帰っていいんだろ」
「え? 契約、したんさ?」
「…………」

 説明は面倒、そんな顔をした神田はその場で膝をつく。させたい所を悟ったラビはペタリとその背にくっつき、神田は背にラビをおぶった。

「掴まってろ。落ちるなよ、死ぬぞ」
「!? ――――――!!」

 かなり一方的に言いおいた神田は、その場でほんの僅か助走をつけて地を蹴った。


 次の瞬間、辺りには竜の咆哮と子供の甲高い悲鳴が響き渡った。









 子供の、ラビの足では何時間も掛かった森も竜ならばものの数十秒で越えてしまう距離だ。
 地を蹴り本来の姿に戻った神田は空を羽ばたき、そして森の入口のあたりに三つの人影を見つけた。
 無視してしまいたいところだったが、その内の一人が来い、とばかりに指でサインを送ってきている。ティキであれば無視を決め込むが如何せん相手が悪い。
 気付いたときには少しタイミングが遅かったので神田はその場で旋回してから森の入口に降りる。着地の瞬間には人の姿をとった。竜体でいるには狭い所だ。
 予想通りそこにいたのは赤の長、ティキ、それから背中に背負った子供の手を引いていた老人。ティキの気配は途中で消えていたが他の二人の気配は昨日から今日にかけてまで、ずっとここにあった。

 見つめてくる六つの目に気まずさのようなものを感じて神田は唇を引き結ぶ。
 まずは腹立たしいニヤついた顔のティキが、

「初契約おめでとう、神田」
「ケッ」
「しかしまぁ、知らなかったんだけど。きっちり教育受けた大人の竜使いよりもそんなちっこいのがいいなんて…………お前ショタコンだったんだねぇ」
「ブチ殺すぞテメェ」

 据わった目で喉奥で唸り声を上げるとティキは「おっかねーなー」と笑いながらさっ、と赤の長の影に隠れる。攻撃を加えるわけに行かなくなって、神田は鋭い舌打ちだ。

「ガキがガキの世話か。…………まぁ丁度いいんじゃねぇか?」
「…………」

 赤の長の言葉には反抗的な目で睨みつけるに留まる。喧嘩を売るにはまだ早いのは解っている。

「ん? …………ラビ?」

 それまで竜のやり取りを黙って聞いていた老人は、ふと神田の背中の荷物に声を掛けた。しかし随分静かだ、飛んだ瞬間叫んでいた気がしたが…………。

「…………ん?」

 何だこの、不自然に背中に広がる温いものは。
 神田は眉根を寄せて振り向く。当然ながら自分の背中は見えない。
 だが代わりに他の三人に背中を見せる形になり、

「ラッ…………」
「うわぁぁぁ…………」

 老人の絶句、といった声と、ティキの気の毒そうな声。

「…………ユウ。後で水浴びしてこい」

 それから赤の長の溜息の後の台詞。
 嫌な予感に神田は手を伸ばして背中のラビを掴んだ。がっちりと掴まれているが力任せに引っ張って離させ、見えるようにと自分の正面に持って来る。
 ラビは抵抗一つなく、それどころかダラリと腕を垂らし首はあらん方へと仰け反っている。

「?」

 何なんだ、と眉根を寄せた神田の視線はラビの顔から下へ…………そして一点で止まり、ビシリ、と固まる。
 ぽたぽたと滴る水滴。それはぐっしょりと濡れたズボンから滴っている。
 全てを理解した神田は次の瞬間絶叫した。

「人の背中で漏らしてんじゃねぇクソガキ――――――!!」



 →





 竜との契約はその血を体内に入れること。

 ラビは気絶してる。
 そしてやられた神田。

 しかし5歳児にベロチューする外見18歳は何処からどう見ても犯罪チック。


 ラビ×ユウトップへ
 小説頁へ