――――――五年後。

「ユウ!」
「あ? 今日は早ぇんだな」
「午後は実技。竜との面会だって。俺は関係ないさー」

 …………確かにティキが言うとおりだ。あっという間だった。
 十になったラビは俺の目からも明らかに大人に近づいて来ている。身長も伸び始めた。
 俺達の基準で言えば大人になりかけの小竜だ。それにしてもたった五年でこんなにデカくなるもんかと感心もする。
 宿舎ではペアリングした竜と竜使いは同じ部屋になるから、同居し始めて最初のうちなんざ何度ラビが寝小便しやがったシーツを洗う羽目になったことか。流石に最近ではそんな事もない。というか自分で洗え。

「面会か…………」
「ほらもうじき春休みじゃん? 明けて帰って来たら試験だし」
「…………」

 あぁ、そうだ。もう時期と秋にはスクールは休みに入る。竜使い候補のガキ共は丸一月ある休みを親元で過ごすという。
 俺達竜にしてみてもこの時期、宿舎に人が居ないほうがいいに決まってる。

 ぞくり、とざわめく体の奥の感覚でその時が近いのは解っている。多分、二週後の新月から始まるだろう。始まる前にはきっとティキも此処に来る。何せ谷にはティキの相手になるような若く独身の竜はいない。近所の赤の住処に行けばいくらでもいるだろうが。
 
「ユウはその間何処にいるんさ?」
「此処だ。まぁ少しは谷に顔出すつもりもあるが」

 住処の墓に花を添えたい。ティキがやってくれているようだが、自分でやってこそ意味がある。

「ふぅん…………休みの間って宿舎立ち入り禁止になるって聞いてるから、皆帰るのかと思ってた」
「…………」

 あぁ…………まだ「そこ」まではやってねぇのか。
 いずれ知るだろう事をわざわざ説明する気にはならなかった。答えずに、寝転がっていた寝床の上で寝返りをうつ。
 ギシ、と軋んだ。

「えへへ」
「…………何だよラビ」

 ラビが俺が転がる寝床に上がってきた。
 同室とはいえども続き部屋の作りであるこの宿舎、ラビの寝床は隣の部屋にある。もっとラビが小さい頃は同じ寝床で眠ったが今のラビとでは互いに狭苦しい思いをするだろう。
 何をするでもなく俺の腹や背に顔を埋めて満足そうな声を上げるラビの考えはよくわからない。単に小竜が大人に甘えるのと同じだと思っておく。
 俺の腹に顔を埋めていたラビは顔を上げてきた。直ぐ側にラビの顔がある。
 猫っ毛の柔らかい赤い髪が額を彩るのに、軽く額を晒すように撫で付けてからそこに口づけた。

「ユウ?」
「…………お前は太陽の匂いがする」
「太陽? 太陽に匂いなんてあるんさ? それっていい匂い?」
「…………」

 答えるのは面倒で、ラビの頭を胸に抱きかかえて目を閉じた。








 暇だ。そして平和だ。
 何の為に此処に来たのか…………。

 授業対象ではないのに「見本」として昼寝中に呼び出されたラビはぶつぶつと文句を言いながら教室へ向かっていった。
 折角の抱枕を奪われ興が削がれた。外に出て、砂場の近くに設えてある芝生の上で、本来の竜体に戻って日を浴びる。
 丁度良く他の竜は砂場にもおらず実に快適だ。黒い鱗は日に当てるとすぐにポカポカとして温かい。
 体を丸めてうとうとしながらの緩慢な視線の先にはレンガ造りの建物。国立竜族友好研究所付属養成学校――――――通称は「スクール」だ――――――がある。今頃はラビはあそこでなにやらしていることだろう…………

 欠伸を噛み殺して目を閉じる。

 と、だ。

「…………?」

 竜の鋭敏な感覚で、他個体の存在を捉えた。
 先程までは感じられなかったものだ。しかも小さい。いや、弱いか?
 隠れているつもりは無いようで、やがて森のほうからガサガサと音がした。薄目を明けてそちらを見る。

 背の低い茂みの中からひょっこりと首を出したのは真白い、白竜種の子供だった。

「…………」

 目が、そして次いで見えた腕が赤い。ティキと同じ、人にはバイカラーと呼ばれるタイプだ。
 興味深そうな顔で此方を見て首を傾げている。小竜は好奇心の強い生き物だ。白の群れで暮らしているなら黒は珍しいだろう。奴らの住処雪原には黒は滅多に赴かない。実際俺も行ったことはない。逆もまた然りだ。

「キィ」

 小さく鳴いた子竜の声はまだ高い。
 幼竜から子竜となって時間が立っていないのだろう。しかし親か同族の大人はどうした。流石に親らしき気配は感じないが…………。
 俺が狸寝入りを決め込んでいると危険はないと判断したか(そもそも竜が同族の子に危害を加えることなどありえない)、のそのそと茂みから出てきた。

「…………」

 近寄って来た子竜は俺の背中の直ぐ側まで来て、鼻先を擦りつけるようにして俺の匂いを嗅いでいる。…………何なんだ…………。
 やがて背中から前に回りこんできた子竜は俺の腹に顔を突っ込んだ!

「!?」

 流石に狸寝入りしている場合ではなく目を見開く。
 子竜は乳を強請っているのかそこをチロチロ舐めている。…………雌雄の区別も付かないのかこのガキは?

『おいガキ、俺は雌じゃねぇんだよ。腹が減ってんなら乳は雌に貰え。つーかお前もう肉とか食える歳だろうが』
『?』

 きょとんとするな。

 腹のあたりを舐めていたガキは、そのままもっと下を舐めた。そこはガキが舐めるなど凡そありえない所だ。

『!?』

 つーか、このガキッ…………!

『こっ…………の馬鹿が!!』





 ギャオオオオオオオッ!!





 辺りには竜の怒りの咆哮が響き渡った。




 →



 竜は育つに連れて徐々に声が低くなる。竜同士は相手の声でどのくらいの歳か大体分かる。
 白竜種の子供アレン登場。多分30歳程度。竜の大人は100歳前後から。神田は大人になるのが少し遅かった。
(成人の基準は色種によって違う)
 因みに各竜種の住処

 黒竜種→東部峡谷(荒涼とした山)
 赤竜種→南部火山地帯(活火山)
 白竜種→北部雪原
 青竜種→国周辺の海域。四季に応じて回遊
 黄竜種→割とどこにでも居る。あまり一族で固まらない。




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