ハレムの王様なクロス×暗殺者神田。
その夜、王宮では宴が開かれていた。
東方の蛮族に奪われた領地を自ら奪還した偉大なる王の功績を讃え、王宮に仕える者達と王が旅の苦労を癒す為にと開かれた宴。
大量の酒と肉が振舞われ、この日ばかりはハレムより出ることを許された女奴隷達が王や宴席の客人達を持て成している。
気に入りの愛妾を傍に侍らせ、上機嫌に酒を愉しんでいた王の耳には、ふとそれが聞こえた。
――――――チャリッ
この騒ぎの中では他に聞こえた者はいないだろう。だがそれは剣を抜くときに立つ、鉄同士を擦り合わせる、戦場で良く聞いた音だった。
それを感知した王が顔を上げる。
眼前に迫る、刃。
それは、反射的に身を反らした王の頬の皮膚一枚を切り裂いた。
異音を感知した瞬間に抜かれていた王の剣が、その背でもって目の前の襲撃者――――――酒を携えていた女奴隷――――――の鳩尾を殴りつけ、その場で崩れ落ちさせた。
「陛下!」
近くに控えていた忠実なる武官が鋭い声を上げて駆け寄ってきた。
床に倒れ伏し動かない襲撃者の頭を押さえつけ、床から動けないように拘束する。
突然の事に周囲は混乱し、慌ただしくなった。王の傷の心配をする者、襲撃者に罵声を浴びせる者、ただ慌てふためき騒ぐ者。
そんな周囲の騒ぎを他所に、顔に傷を作った王は余裕ある笑みを浮かべて敵を拘束した武官に命じた。
「――――――特等室に放りこんでおけ。あとで俺直々に尋問してやろう」
言いながら怯えた様子の愛妾の腰を引き寄せた王は、獰猛な光を瞳に宿していた。
「師匠! 危ないですって、考えなおしてくださいよ!」
「あぁ? 何が危ないっつーんだ」
「敵ですよ敵! 手足を縛って拘束してるとはいえ、まだ何か隠し持ってないとは限らないんですから!」
宴が襲撃者の所為でお開きとなり、代わりに襲撃者が出たことにより重々しい雰囲気となった王宮。その一室前で、主従が騒いでいた。
一人は少年、彼は先程襲撃者を捕獲した武官。もう一人はこの国で最も強い、偉大なる王だ。
特等室と称された部屋を前にしての、騒ぎ。武官の少年に頷くのは最後の一人、文官の青年だった。
「万が一って事もあるんさ。ましてやへーか、まだお世継ぎもいないんだからさ、自重して欲しいんすけど」
「はっ」
言い募る己よりも大分若い二人の臣下を前に、紅の王は腕を組んだ。
「たかが女一人、どうにもできん訳がねぇだろう」
頬の傷跡を撫でながら――――――丁重に布を当てての手当も行われたが王はそれを直ぐ様引き剥がした――――――呟く王の瞳は肉食獣のそれ。
文官である青年はその目を見て、襲撃者が死罪よりも尚残酷な目に遭うであろう事を正確に予測した。かと言って己の王を襲った襲撃者に掛ける情けなど存在しないので、王に危険が無いのであれば止める気は無い。
そして王はこの国で最も強く偉大だ。武官達が束になっても敵わない王が拘束された女奴隷如きにどうにかされる物だとは思っていなかった。
「僕じゃなくてもいいんです、せめて誰か一人だけでも武官を傍に…………」
「いらん。俺に一太刀でも浴びせられる奴がいるなら考えてもいいがな」
「うっ…………」
武官の中ではそれなりの立場にいる少年はその言葉に黙り込んだ。確かに、王よりも弱い武官が何人雁首揃えたところで、護衛としての意味は余り無い。
「大人しくそこで待っていろ」
言い置いて、王は一人鉄の扉の中へと消えた。
「…………」
目が覚めても、何も見えなかった。布で目隠しをされている。
背中には冷たい石の感触。床に転がされているのだろう。
手は背中の方で一纏めにされて拘束されている。解けるか、と暫く動かしてみたがガチャガチャと耳障りな音が立つばかりで諦めた。
ならば立てるか、と体を曲げて見ると腹から肋骨にかけて鋭い痛みが走ったので諦めた。
『砂漠の王を殺せ、紅い髪の男だ』
くり返しくり返し刷り込まれたその指令が脳裏に思い浮かぶ。顔を隠せる女奴隷に化けてハレムに入って三月、王の前に出れる、漸く得た機会だった。
それが成功したかどうかは分からない。だからまだ、自分が死んでいいのかどうかも分からない。
何も刺し殺せずともいい。あの刀には刃に猛毒を塗ってある。少しでも傷がつけば、それで死ぬ筈だ。
だから普通ならば死んでいるのだろうが、何故か対峙した瞬間この王は何をやっても殺せないだろうと思ったのも事実。
そして、王を殺した筈の自分が生かされているのも謎だ。拘束した時点で首を落とされるものだとばかり思ったのに。その方が死ぬ手間が省けて楽だ。
石の上でつらつらとそんな事を考えている内に、無人であった筈のこの監禁場所に人の気配が入ってくるのを感じた。
「目は醒めたか」
「…………」
声、が。
ああ、俺は失敗したんだ。
そう思い知る。
「…………っ!」
拘束されて転がされていた所。後ろ手に戒められていた腕を取られ、吊られるようにして立ち上がらせられた。
骨か臓器かが悲鳴を上げ、思わず前屈みになる。逆刃とはいえ刀で、それも屈強な男の力で殴られればそうもなる、と冷静に考えつつ。
ドンッ
突き飛ばされてもう一度転げ、けれど転げた先は床ではない。背に布の感触がある。
転がされた先で、そこで目隠しと顔を隠していた布を同時に取り払われた。
「――――――ほう?」
そこにいたのは予想通り健在な、自分が殺し損ねた男。
嘲りや憎しみよりも、まるで興味本位の表情でこちらを覗き込んできた。
「こりゃ、また随分とだ。宴席などよりも、寝床で殺しに来た方が望みがあっただろうにな」
心底憐れむような台詞。だがその「望み」は他ならぬ自分の死であるということ位分かっているだろうに、と場違いにも呆れた。
「…………さて、素直に吐けよ暗殺者。手間を掛けさせるな。女に手荒な真似をするのは、基本的には好かん。大人しく従うならお前の命、考えてやってもいい」
「…………」
それまでの興味本位の表情を一転させて、妖しく囁いた。
「お前の雇い主は?」
「…………」
「誰に言われて此処に来た」
「…………」
重ねられる言葉に答えないのは、素直に吐くつもりなど毛頭無い事もあるがそもそも「知らない」からだ。
依頼主も、俺に命令を下す奴も。俺は正体を知らないし、それで良かった。
「…………」
返答が無いことを俺からの意思表示と受け取ったか、目の前の男の目がすっ、と細められる。
「やれやれ…………面倒なこった」
大袈裟な溜息。
それから、
布が裂ける悲鳴のような音が、した。
神田が奴隷以下の大罪人から王の飼猫になるまでの話。
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