「ラビ?」

 砂丘の前。
 敵国の領土を踏み荒らす前にと布陣した一団は砂丘に阻まれて視界が悪いのを良いことに堂々とそこで野営を始めた。
 設営や食事の準備は部下に任せたアレンは偵察に向かわせた部下からの報告と自らの所見を持たせて王へ奏上せんと来たが、王の野営天幕の前にはラビが立ちはだかっていた。

「おー、お疲れさんアレン」

 そのラビはアレンを認めると手をひらひらと振る。気楽な調子にアレンは、

「何やってるんです? 護衛ですか? そんなの、僕らがやりますよ」
「あぁ、別にいいって。陛下に追い出された訳だし」
「追い出された?」
「陛下は只今オタノシミ中さぁ」
「…………」

 オタノシミ、とアレンは小さく鸚鵡返しに呟いた。
 戦中は禁欲するのが普通だ。王によっては女を戦場に連れていく事やあるいは若い小姓に相手をさせたり、酷いと獣を相手にすることもあったというが王はアレンが知る限りどれも好まなかった。女は戦場では足手纏いになる事が殆どであったし王は自らの気に入りを危険に晒すような真似はしなかった。小姓もそれ専用に連れ歩く事はなかった――――――そもそも王は男を好まない筈だった――――――、し、獣など論外の域だろう。
 それがあの罪人ときたら随分気に入られたものだ。軽く鼻白んだアレンは、

「まだ掛かりそうですか」
「まぁな。さっき始まったばっかだし」

 天幕の中からは罪人のものであろう掠れた苦しげな声が聞こえてきている。悲鳴が混じっていないだけ今日の王の機嫌は悪くない、という事だろうか。
 王の数少ない戦場での愉しみを奪えばどうなるか、など考えなくとも分かることだ。
 アレンもまたラビの隣に立ち、中の気配を伺いながら王が終えるまで辛抱強く待ち続けた。








 半刻程度で物音は止み、入室の許可を乞うた二人は天幕の中へ入る。
 床の上に横たわるそれは視界に入れないようにしながら、アレンは斥候からの報告を奏上した。
 くたりとして動かない床の上の罪人に、ラビは幾分憐れみの入り混じった視線を向ける。
 
「此方の布陣にも気づかず、宴会か」

 王は間の抜けた敵共にくつくつと笑った。宴会、という事は罪人はそれなりに向こうからしてみれば信用のおける存在――――――勿論その人格の話ではなく、暗殺者としての腕の話だ――――――だったらしい。国に動揺が無い事を訝しんでいるのではと思っていたのだが、相手は随分と楽観的な物だ。それだけ失敗率の低い暗殺者であった、という事なのだろうが。
 まさか彼らも自分達の放った暗殺者がこうして標的である敵国の王に「可愛がられて」いるとは欠片も思っていないのだろう。

「お前の主人は随分と愚からしい」

 呟いた王は横たわるそれの顎先を捕らえて呟いた。

「奴らには過ぎた玩具だ。――――――有り難く貰い受けてやろう」











 夜間冷え切った空気は、太陽が登ると同時に過酷な暑さへと変わっていく。
 砂丘の向こうから登る太陽に目を向けた者は驚いたことだろう。太陽を背に、此方に向かって駆けてくる軍勢の姿にだ。
 咆哮を上げ、砂丘を黒く埋め尽くす軍勢に気付いた所で最早手の打ちようはない。それ程、軍勢の動きは素早かった。
 瞬く間に砂丘を駆け下りた軍勢は敵地の城壁を飛び越え焼き払い、兵を薙ぎ倒し、そして 怯えて身を寄せ合う民には目もくれずにその地を治める領主の館を取り囲む。
 先駆したアレンが片手で合図を出すと、弓を背負っていた兵が次々に高壁の向こう側、館内に矢を放った。馬から降りた者は壁をよじ登り、既に堅く閉ざされている石扉を開きに掛かる。

「同士討ちには気をつけろ!」

 アレンの横で眺めているだけのラビがそう声を張り上げた。
 そんなラビをアレンが横目で睨め付ける。

「うちの兵を馬鹿にしないでくれますか」
「やー、だって壁の向こう側はどうなってるか分からんじゃん? へーかが着くまでに開くといいな」

 王は先駆をアレンに任せ、ゆったりと移動していた。護衛に数騎引き連れて、今頃は漸く此方の領地に入った頃だろうか。王を待たせるのは勿論アレンにとっても本意では無い。
 周囲に内側へ入り開扉に当てる人員を増やすように命じて、アレンは自らも矢を射かける。
 かくして彼らの努力は実り、王が悠然と姿を表した頃には扉は開かれ、その内側からは血臭が流れだした。