※グロ注意※
敵の領主の館の敷地は、宛ら地獄絵図だった。
見事な深い青の色だったという石畳は血で赤黒く染まり、先陣を切って突入し敵兵を屠った者達によりその亡骸は石畳の横に山と積まれている。
温情で助けられた女達や年老いた者達は怯えきった表情で一箇所に纏められて、血塗れの石畳を悠然と往く侵略者たちを呆然と見つめていた。
凄惨な様子だが、アレンやラビ、そして勿論兵達は顔色を変えることは無い。ただ、一人だけが酷く何か恐れる表情でうわ言を呟き、王に抱えられている。
「あ…………ぁ、」
「恐れるな」
頑是無い子供が厭々をするように頭を振る暗殺者を自分の胸元に押し付けた王は、領主の館の豪奢な扉の前でひらりと駱駝から下りた。心得たもので直ぐ様歩兵が手綱を握り、王の駱駝を危険が無いように引いていく。
王が下りたのに下の者が従わないなどありえない。アレンもラビも、他の兵達も素早く下りてそれぞれに剣や弓などを確認した。
王が下りて最初の一歩を踏み出す前に、アレンが素早く先に館の中へ入り、警戒する。先に敷地の扉を開けさせる為に送り込んだ兵達が、丁度中に居た敵を切り捨てているところだった。
「静まれ。陛下の御前だ」
アレンの言葉に、水を打ったように周囲は静まり返る。たった今敵を剣で貫いた兵は剣を抜いて跪き、矢をつがえていた弓兵も弓を手放して跪く。背後に控えていた兵も、続々と膝をついた。
無事な姿で残っている敵は既にいない。だが、王が現れた事により致命傷に近いような傷にも関わらずまだ息のある者が、苦悶や断末魔の声を上げる。その声に、怯えたように固く目を閉じて耳を塞ぐ腕の中の荷の姿に王は一瞬視線を落としてから周囲に命じた
「慈悲を」
其の言葉と受けて、瀕死だった敵は止めを刺された。ドサリと体が崩れ落ちる音の他は再び静まり返る。
「奥か?」
「そのようで」
雑兵など幾ら屠ったところで大して意味は無い。叩くのは、その上にいる指導者達。
アレンが跪く兵の一人に尋ねると、館の主人と思しき者共は食堂のような大部屋に籠めてあるとの返事だ。
その言葉に酷薄な笑みを浮かべた王は、ガタガタと震える腕の中の荷物を抱えたまま扉を蹴り開けた。
「ヒッ」
豪華な大部屋の中には顔を青ざめさせた、でっぷりと肥えた男達が数人。
左右から剣の刃を首筋に当てられ身動きすら出来ぬ状況で、新たな侵入者に顔を引き攣らせる。
中でも一番前にいた、一番年長に見える老人を一瞥した王は前に控える自身の兵に問いかけた。
「そいつが領主か?」
「はい。後ろの者共は身内のようで」
「ふん」
「き、貴様! 誰だ!! ただで、済むと…………!」
「あぁ、お前には過ぎた心労だ。――――――安心しろ、お前の一族は此処で絶える」
いっそ優しげな風情すら滲ませて、その実情は死刑宣告でしか無いことをさらりと告げた王は笑みを深くした。
「ぐっ…………」
「それにしても、誰、とは。折角熱烈な招待を受けて重い腰を上げたというのに」
「ふ、ふざけ、」
「お前らが寄越したのは良い貢物だ。――――――これ一つで、国一つと等価にしてやってもよかった」
言いながら、王は腕の中に抱えていた暗殺者を床に落とした。服の何処からか、ナイフが一本転がり出る。相手から顔が視えるよう、蹲ろうとする顎を掴んで無理矢理に引き上げる。
「! お、前は! ――――――くそっ、出来損ないが!!」
「!!」
声を上げたのは、領主だという男の直ぐ後ろに居た比較的若い男だった。顔立ちが領主と似通っており、息子辺りか、と王は検討をつける。
罵声に酷く怯えたように体を跳ねさせた暗殺者は瞳孔をも見開く。
「な、なら貴様は――――――砂漠の、赤の王…………!」
自分達が滅ぼさんとした、砂漠の王かと、喘ぐように領主は呟いた。
「ご名答」
誂うような響きを滲ませた王の言葉に、領主を囲んで首に刃を当てていた兵達が剣を握る腕に力を込めた。その気配に気付いたらしい男は必死に助命をと言い募る。
「ま、待て、望むなら何でも明け渡そう、な、何が欲しい? 金銀か? ほ、宝玉か? 女ならば、ハレムから幾らでもつれていくといい、何なら私の娘を…………」
「デブの娘じゃ期待は出来んな」
肩を竦めて王が嗤う。
「俺の望みは一つ。――――――俺と俺の国に逆らった愚か共の首だ」
勢い良く吹き出した赤い噴水は、近くに居た者を染め上げた。
領主の血に塗れて呆然としていた身内共、主に最初に暗殺者に反応した男に、王は変わらぬ笑みを浮かべて問いかけた。
「…………で、これの主人はお前か?」
「あ…………」
「俺が保護する民にも随分やってくれたらしいな」
「お、お前が!!」
余計なことを喋ったのか、と鬼の形相で暗殺者に食って掛かった男の頭を、アレンが冷酷な表情で――――――容赦なく踏みつけた。
「黙れ」
ゴッ、と鈍い音がした。
「ぎゃっ!」
顔を石造りの床に強かに打ち付けられた男は悲鳴を上げた。
「陛下のお言葉に答えろ。他の言葉は一切認めない。次にまた五月蝿く騒いだなら、舌を裂いてやる」
「うわーアレンてばおっかねー」
非戦闘員の為に後ろに下がっていたラビが緊迫した状況にも関わらず茶化すような事を言った。そんなラビをアレンはじろりと睨みつけ、視線だけで「黙れ」と告げる。
王は臣下の遣り取りを意に介した様子もなく、それで、と続きを促す。
折れたらしく妙な方向に曲がって血を流す鼻根を押さえた男は涙を流しながらこくこくと頷いた。
「そうか。――――――あぁ、これは有り難く貰い受けてやる。お前ら如きには勿体無い」
「ぐ、ぅ、」
「で、だ。お前はどうやって死にたい?」
首を落とされるのと、獅子の生き餌にされるのは何方が良いと王は愉しそうに尋ねる。
「生憎、俺達は死罪人を見世物にするような習慣は無いんだが。お前らの国ではそれが普通だろう? お前らの流儀に法ってやろう」
領主の館のすぐ近く、円形の建物。
元々、その中で行われる事を王は知っていた。何故なら昔、そこで「余興」として猛獣に捧げられる筈だった逃亡者の娘を救ってやったことがあるからだ。
「う、ああああああっ! お前の、お前の所為で!!」
恐怖に発狂したか、突如男が狂ったように声を上げて床の上の暗殺者に掴みかかった。手には先程暗殺者が取り落としたらしいナイフ。王は動かず、アレンは驚いて剣を男の背中に突き立てようとし、
「ぎゃあっ」
短い悲鳴と共に、再び生温く生臭い噴水が飛び散った。