特技は鼠取り。
「こちらの租税の件ですが…………」
王と重臣達とで行われる国政に関する会議。
その場に相応しくない者が混ざっている事に、周囲は漸く慣れてきた。
椅子に腰掛ける王の膝の上に頭を預けて目を閉じるているのは、先日王に戦を仕掛けた愚かな国から奪ってきた戦利品である黒い毛並みの「猫」だ。便宜上「猫」とされているが実際には人間の青年である。
人間としては扱われていないので、重臣達とは違い席は用意されていない。床の上に敷物を敷いて、其処に座り込んでいる。
実際、話には一切口を挟まず――――――というよりそもそも聞いていないし理解もしていない――――――、一見眠っているようにしか見えない青年が、ふと目を見開いた。
ゆるり、とその視線は、天井へ。ほぼ同じ頃、重臣の一人として控えていた少年がはっ、とした顔で天井を仰ぐ。
そして、突如として青年は飛び上がり、王の膝と肩を足蹴にして、天井へと向かって飛び掛かった。宛ら其れは獲物を前にした猫のような仕草だ。
「!」
天井へと向かって剣を深々と突き刺した青年は、しなやかな身のこなしで資料の広がっていた机の上に着地する。
剣から伝った赤い液体が、柄からぽたぽたと机の上に流れだした。
「鼠か」
驚いたように声を上げる重臣達の様子は気にかけず、租税の資料に目を落としたままの王は呟いた。
青年はひらりと机から降りると、最初と同じように床に座り込み、王の膝に頭を預ける。そんな彼の最近更に艶を増した毛並みを王は褒めるように撫でた。
「最近良く鼠が湧きやがる」
懲りねぇ事だ、と王はうんざりしたように吐き捨てた。命を狙われることなど珍しくもないし恐れても居ないが、如何せん王宮のそこかしこに血の染みを作られては堪らない。片付けはアレン達兵の役目だが、跡が付くと仕える女達が酷く怯えるのだ。
「何処からあんなに湧いて出るんだ」
「申し訳ありません」
王宮の護衛を司るアレンが、口を真横に引き結んで王に謝罪の言葉を述べる。
その鼠の亡骸を検分する役目を負っているラビが、アレンの隣で紙を振る。
「今度は何処産だ」
「多分北の方。持ってたナイフの柄の文様が北の民族が使う文字と一致してたんさ」
「鬱陶しい。そろそろ叩き潰してやろうか」
物騒な言葉を口にしながら王は床の上に座り込んでいるユウを見下ろした。
猫として手元に置く青年は、元々の暗殺者の腕を生かして鼠取りを得意とする。全くもって過ぎた拾い物だ、と王は小さく笑った。
ハレムの女奴隷に命じて磨かせてみれば、元々の容姿の美しさが更に増した。黒髪の艶やかさなど、既にハレムの女達の誰も敵わないだろう。
満足して髪を撫でると、不思議そうにユウは王を仰ぐ。
「お前はどう思う」
「?」
「何処からあんなにお前の獲物が湧いてくる?」
「さぁ。此処の警備、穴だらけだから何処からでも入ってこれるんだろ」
とユウはさらりと答えた。
其の言葉に憮然とするのは警備を担うアレンだ。
「穴だらけ、ね」
ユウの遠慮の欠片も無い言葉にラビが苦笑いでアレンを見た。その顔には「お気の毒様」、そう書いてある。
「穴か」
「三月位此処にいたけどその間も普通に外から出入りできたし」
「何処からですか!?」
ついにアレンから悲鳴が上がった。
「ユウ。明日アレンにその穴を案内してこい。アレン、ユウに聞いたら対応しろ」
「…………っ、承知、しました」
「いいのか? ハレムとかだけど」
「あぁ…………」
建前上、ハレムは王以外の男子禁制だ。例外として人間ではないユウも立ち入る、というよりは王に連れて行かれる事があるが。
アレンはハレムでの産まれだが、居たのは産まれてからの一瞬だけだ。
「まぁ、いいだろう。目隠しでもして入ってこい」
お前には目の毒だからな、と王は笑った。
「いーなーアレン、ハレムに入れるなんてさー」
「何処が? 何が!?」
ラビの無責任な言葉にアレンは食って掛かった。
王の血統を護る為に男は幼子でもない限り入れないハレムは、確かに男の憧れだ。だがその内情など、王の血縁たるラビには分かっているはずだ。
あれは、恐ろしい所だ。拾われたアレンが乳を貰うためだけに連れて行かれていたというのに、それらは立派なトラウマとなっている。
何せハレムには女が数多、王はただ一人。王が幾ら色を好むとはいえ、一晩に寵愛する女の数はたかが知れる。
あれで女に対しては平等な王は、女達を均等に、誰か一人を深く寵愛しないように扱うのだから、女達も有り体に言えば欲求不満を募らせている。それでもそうやって平等に扱うからこそ、今のハレムは平らに治まっているのだが。
だが、其の危うい均衡は何が切っ掛けで崩れるか分からない。アレンとしては、自らがその切っ掛けになることだけは避けたいのだ。
欲に狂うと恐ろしいのは男も女も同じ事なのだから。
「ユウも入れてもらえるもんなー? ちぇっ、俺だけ仲間ハズレさー」
つい先程まで文字を教えるために書物を読み聞かせていたラビは、既に興味を失って目を閉じていたユウの額を軽くつついた。迷惑そうに眉根を寄せながら目を開いたユウは、その指先を嫌そうに避ける。
「…………一度でも入ったらそんな事も言えなくなりますよ」
「そんなもん?」
カラカラと笑うラビを恨めしげに見やってから、アレンはユウに視線を向ける。
その王の猫はラビのせいで目が醒めた為か、ぼんやりと窓を眺めている。
呑気なことだと、アレンは溜息を吐いた。
翌日ユウを伴ってハレム入りしたアレンは、ユウが仕掛けた罠に引っかかって死んでいた鼠の処理に手を焼くことになった。