「おい」
「…………何だ」

 今日も王の足元の敷物の上で座り込んでいたユウが見上げた先の王は、書状から目を逸らす事無く始めた。

「お前もそこにいるんだったら、少しは働け」
「…………?」

 ユウの考える自分の仕事とは「鼠取り」だ。暗殺者として訓練され実際才能もあるとされた自分にはうってつけだろうと思っている。一応今だって座り込んでいるだけに見えるのだろうが、絶えず周囲に気を配り少しでも妙な気配を感じたら襲いかかる準備をしている。
 だがしかし、王が言いたいのはそういった事ではないらしく。

「違ぇ。そっちじゃねぇ」

 寧ろその方面の「仕事」に関してはユウは非常に良く働き、その働きについては王も、そして不承不承ながらアレンもが認める所だ。
 しかし、ユウにはそれしかない。
 僅か数えで六歳の時に故郷から誘拐され、その後は十年近く監禁され人を殺す術だけを教えられ実際行なってきたユウは未だに最低限の会話は出来ても読み書きができない。ラビが手が空いた際に文字を教えてはいるが、幼い頃から親しんでいないため大変苦戦している。当人もけして熱心とは言いがたく、生涯人並みになることは無いだろう。
 よってユウに事務仕事など望むべくもない。精々書状を運ぶ事程度が限度だ。
 では軍務か。
 時折ユウは王の戯れの命に応じて、軍務訓練中のアレン達の所に乱入する。そして誰彼構わず襲いかかる。最も失神させる迄に留め、命を奪ったり怪我をさせるような事はしない。
 訓練の一環として行われるその襲撃の度にアレンは報復に気炎を上げているがユウにとっては何処吹く風だ。寧ろ文句があるならば王に言えばいいものを、とすら思っている。
 なので一応既に「働いて」はいる。王の今の言葉も、これからアレン達を襲撃してこいという意味か、と思ったユウは立ち上がりかけて、王に首根を押さえられて座りなおした。

「だから、違うっつってるだろーが」
「…………じゃあ、何しろって言ってんだ?」

 王は時折ユウに対して周りくどい事を言うが、会話に慣れないユウには理解出来ない。やめて欲しい、とユウは思う。
 漸く書状から目を話し、そして押さえた首根を自分の方に引き寄せた。

「、?」
「どうせそこにいるんなら、口で奉仕してみせろ」

 ユウが顔を上げると王は卑猥なことを企むいやらしい笑顔。
 ふぅ、とユウは溜息を吐き――――――




 部屋にはバリッ、という音が響き渡った。




「…………師匠? どうしたんですかその頬」

 訓練を終え報告書を纏めたアレンは部屋に入るなり眉根を寄せた。
 王の頬には朝議の時には無かった傷が出来ている。等間隔で並んだ三つの長い傷跡は宛ら獣にでも引っ掻かれたような――――――、そこまで考えてアレンは溜息を吐いた。犯人はアレ以外に有り得ない。
 一応王の耳には入らぬよう小さく毒づいた相手は今は姿を消している王の飼い猫だ。いや飼い猫というのは誤りだろう。猫ならもっと可愛げがあろうというものだ。飼い猫ならぬ飼い猛獣である彼は何処へ逃げ出したことやら。

「アレだ」

 王の言う「アレ」とは彼のことに他ならない。予想通り、と溜息を吐いたアレンは一応礼儀として尋ねてみた。

「今度「は」一体何が原因で?」
「どうということもない。少し仕事させようとしたらこのザマだ」
「アレにはもう少し、奉仕の精神を持ってもらった方がいいんじゃないですか」

 アレンの言葉に王は口の端を歪めて、

「奉仕の精神を持って主人に使える猫なんざ、聞いたこともねぇんだがな」
「…………いつも思うんですけどアレ猫なんて可愛いもんじゃないでしょう。猛獣ですよ猛獣」

 何処に猫のような愛らしさがあるのかアレンには理解できない。かと言って此処で寝台の内では愛らしい子猫、などという話は聞きたくない。そんなのはせめてハレムの美女達の話にして欲しい。

「さて。何処へ逃げたやら」

 餌の時間なんだがな、と嘯く王に、アレンは小さくどうせ貴方の所為でしょう、と呟いた。


 猫でもたまには嫌がる。