『殺せ、殺せ、殺せ!!』

 頭が割れるかと思う程の痛みと共に、誰のものとも知れない声が響き渡る。
 目を見開いた時、そこには丁度良く武器を携えた人間がいた。
 戒められていた上に痛めつけられていた体は起こすだけでも激痛が走ったが、それでも武器を奪い取り、逃げ出した。
 否。逃げるんじゃない。逃げ帰るような場所は、何処にもないのだから。

 王を、あの男を殺す。
 それは俺の人生最後の仕事になる。
 それを遂げた時こそ、俺は漸く死ぬことを許されるんだ。

 軍人らしき部屋にいた二人は王はまだハレムだと言っていた。
 三ヶ月の潜伏期間の間に頭に叩き込んだ王宮の見取り図を思い浮かべる。
 女と年老いた宦官しかいないハレムは比較的警備が緩いと言っていい。王宮に入り込むのは一苦労だが入ってしまえば其程警備が強く無いのは、あの王の自信から来るものだろうと想像した。
 …………どうでもいいことだ。
 時間はない。部屋に転がしていた二人の兵士が目覚めて声を上げでもしたらその瞬間に俺が逃げ出したことが知れる。その前にやり遂げてしまいたい。

 警備の死角と死角の間を通り、それが不可能である場所では警備を昏倒させハレムに向かう。
 途中、花を持った女奴隷がいたからそいつを昏倒させて服を剥ぎ取った。女を裸で放置するのは哀れかと、代わりに俺の服として機能していない服を掛けておく。
 顔を覆って隠していると、ハレムの入り口を守っていた宦官は簡単に俺を通した。
 ハレムの中王が訪ねるであろう場所は、浴場か寵姫の部屋か。
 どちらでも構わないが、寵姫の部屋であれば勢い余って女まで殺しかねないかと思う。別に、今更殺す相手が一人二人増えても何も変わりはしないのだが。

 気配と様子を探っていると、どうも浴場が騒がしい。そちらにいると見当をつけて静かに向かう。
 予想通り王はそこにいた。
 半裸の女と全裸の女を複数人傍に置き乱れた宴の最中。劈くような女達の嬌声が本調子でない頭に響き渡り頭痛を誘う。
 あの最中襲うのもいいが、巻き添えにして殺すには女の数が多すぎた。
 暫く待ち、それでも終わらなければ王諸共女達も殺すしか無い、と腹をくくる。

「…………」

 願いが通じたか、やがて気配が一つ二つと消えていく。残ったのは一際大きくて威圧的なもの一つ。
 中を伺えば此方に背を向けた王が女を全員下がらせ一人で風呂の中だ。
 やるならば今。

 足音と気配の全てを絶ち、王の背後へ。
 下げた二つの剣を握る手に力を込める。

『首を刎ねろ、あの首を晒せ』

 刷り込まれた司令が再度脳裏に鮮やかに蘇った。交差させた剣の先を狙い定めた瞬間。

「…………実に惜しい」

 前触れ無く、王が振り向いた。
 ギクリとして思わず切っ先が震えた。

「警備を倒し監視の目を掻い潜り、此処まで入り込むとはな。使い捨ての暗殺者にしちゃ、やる」
「…………」
「誰の差金だ?」

 風呂の中の王は無防備で、此方は武器を携えている。そんな状況なのに王には微塵の恐れもない。お前如きにしてやられるものかと、そんな嘲笑すら見え隠れしている。

「…………」

 あぁ、駄目、だ。
 目を見ると、此方に恐れが生じる。

「おいおい酷ぇ話だな、今から殺そうって相手が聞いてるんだ。その位教えてくれてもいいだろう?」

 苦笑いめいたものを浮かべて王は言う。
 嘘つけ、殺されるつもりなんてカケラも無い癖に。俺の手から刃を奪い取りその刃で俺の喉か胸を突く事を考えている癖に。

「…………知ら、ない」
「あぁ?」
「…………俺は只の道具だ、主の名など知る必要はない。誰が道具に己の名など刻むものか」

 嗚呼、俺は馬鹿だ。愚かで、どうしようもない。
 どうして、それがこの男の策と知りつつ、答えている?

「ふん。…………俺なら、気に入ったものには刻んでやるがな。俺のモノは、誰にも渡さねぇ」
「…………」

 何か答えようとした瞬間、ズキリと割れるように頭が痛んだ。くぐもった呻き声が勝手に唇から漏れて、無様にその場に膝をつく。
 ――――――もう少しだったのに!
 瞬間的に攻撃を予期して目を堅く閉じる。だが予想に反して王からは何も無かった。武器を奪い取られ、首を刎ねられると思ったのに!

「質問を変えるか。お前の名は?」

 痛みに息をつく。
 …………名前など。

「知らない、」
「そりゃ無いだろ。お前はなんて呼ばれてる?」
「…………第十六期<シックスティーン>、No.2<ナンバリングセカンド>と」
「…………名前か?」

 名前、ではない。
 只の識別名だ。

「アンタは道具に名前をつけるか」
「さっきと同じだな。気に入ったものには付けないこともない」

 王の声を聞く度に、頭痛が酷くなる。
 立ち上がる、気配がした。

「逃げようとは思わなかったのか」
「何故」
「これだけ痛めつけたんだ。逃げて態勢を立て直すのが普通だろうに」
「…………逃げる?」

 何処へ?

「…………お前は何処から来た?」
「…………何処から…………」

 ――――――何も。

「知らない。…………分から、ない」

 俺は。
 俺の名前も、何処から来たのかも、王を殺す目的も、俺の主人も。
 何もかも。

 何も、分からない。

 気づいた瞬間愕然とした。
 何も無い。
 俺は道具、俺には王を殺すという目的以外、何も無い。

 それしか無い事を今漸く思い知り、それ以上の言葉が出ない。

 王が立ち上がり、湯から上がる気配がした。

「…………薬でやられたか、催眠の類か…………」

 溜め息のような声。

「こりゃ尋問しても無駄だな」
「殺して、くれるのか?」

 期待めいたものを感じて見上げる。
 だが。

「…………残念だが。暗殺者の願いを簡単に聞き入れてやるほど俺は優しくないんでな」

 次の瞬間首の後ろに衝撃を感じ、俺の意識はあっけなく事切れた。









「王!?」

 ハレムの入り口に控えていた宦官が驚きの声を上げる。
 仕える王が、全裸に薄布一枚の格好で女奴隷と思しき人間を抱えている。意識がないのかだらりと手足を垂らして王のされるがままになっていた。

「そのお姿は…………、それは一体」
「ったく、お前の目は節穴か。暗殺者通してんじゃねぇよ」
「暗殺者…………っ!? まさか、それが!?」
「女達には口外するな。無意味に不安がらせる必要はない」

 王の庇護を受け安全だと信じている自分達の住処に暗殺者が入り込んだと知れば怯える女は多いだろう。ましてや王のハレムには追われて来た女も多いから尚更だ。

「はっ…………ははぁ…………っ!」

 低頭する宦官を一瞥し、王は警備とその頭である少年を呼びつけてやろうと考えながら、自室へ向かった。



 人殺しに抵抗はないけど必要以上に命を奪おうとは思ってない神田。
 陛下は割と早いうちにハレム内に侵入者が出たことに気づいてた。
 神田は死にたがり。


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