『君は?』
『…………そう、僕と同じなんだ』
『初めまして、僕は「 」』
『あぁ…………忘れたフリしなきゃ駄目だよ、忘れさせられちゃうんだ』
『君の名前はなんて言うの?』
『ふーん…………「 」って言うんだ。珍しい名前だね』
『「 」は何処から来たの? …………「 」? それどこ? 知らないや…………』
『僕は、もうそれは思い出せないんだ。処理されてるから…………』
『ねぇ、「 」僕がもし全部忘れて、名前さえ思い出せなくなっても。「 」が覚えててね』
『それで、「 」が僕に教えて欲しいんだ。僕の名前を』
『僕も「 」の名前、「 」の事忘れないから、』
『だから――――――約束だよ?』
…………約束。
悪い、「 」俺はもうお前の名前も、俺の名前も、何も…………思い出せないんだ…………。
ズキリとした痛みと吐き気と共に、意識が引き上げられた。
残酷な事しかない、世界へと。
「う…………」
身じろぐとそこは柔らかい寝台の上。
だが昨日転がされた所とは違う。
「…………はい陛下、これが記憶領域に害を及ばすタイプの薬のリストね」
「あぁ。ご苦労」
「でもあれ多分催眠なんじゃねぇ? 薬でガガーっと消すってーのは必要な事まで消しちまって頭パーになっちまうかもしれんさ。仕込まれてる暗殺者、折角仕込んどいてパーにしちまうのは勿体無いだろうし」
「まぁあの顔なら白痴でも性奴隷として需要があるからいいんじゃないですか?」
「費用対効果が悪すぎるさ。暗殺者仕込みの白痴性奴隷とか、誰が得するんだよそんなの…………ん? あれ? 陛下、アイツ目ぇ覚ましてるさ」
三つの目に見据えられる。年代は様々だ。一人は王で、後の二人は随分若い…………。
…………此処は、何処だ。
ほんの僅か体を動かすと、ジャラ、と金属が擦れる音がした。鎖の端は寝台に、もう片方は俺の方へ伸び、そして見えなくなっている。手で辿ると、それは首に嵌められた枷にまで続いていた。
繋がれた、と理解する。
「お前に何かしら吐かせるならまずはお前に思い出させなきゃならん」
相変わらず何処か愉しげに俺を見る王は一際豪奢な椅子に収まっている。その横に控えるのが白い髪の何処かで見た子供、それから手前側には色の違う赤の髪の男。
「壊れたくないのなら、精々気が狂う前に思い出すことだ」
俺の記憶にある限りは「昨日」の夜に受けた暴力を思い返し、ぞわりとした寒気が背筋に這う。
「っ…………殺せば、いいだろう…………」
「許可さえ降りるんなら今直ぐその首刎ねてますよ。僕の部下を随分可愛がってくれたようで」
剣呑に目を細めて吐き捨てるのは子供だ。
何処かで見た、だけど思い出せない…………。
「まぁー…………精々可愛く鳴いて陛下に可愛がって貰うさ。反逆者の重罪人なんてどんなに酷く扱われても、文句なんて言える立場じゃ…………つーか文句言うのは自由だけど誰一人聞き入れやしないんだからさ?」
間違っても再度寝首を掻こうなんて思わないことさね、と赤い髪の男が続ける。
ジャラッ、と鎖が鳴って、
「っ!」
強く首輪を引かれて、息苦しさに眉根に皺が寄った。
加虐的な笑みを浮かべた王が。
「一日でも長く生き延びたいなら、媚びてみせろ」
嘲笑うように、呟いた。
「…………俺は、死にたいっつってるだろ…………」
あぁ、なら逆の事をすればいいんだな。媚びるの反対は何だ、毒吐けばいいのか。
そうしたら、お前達は俺を殺してくれるんだろう?
期待を込めて、俺を見下ろす男達を見上げる。
王の表情は変わらない。だが傍に控える二人は、露骨に異様な物を見るような顔をしていた。
王に追い払われた部下二人は、部屋を辞去してその部屋に続く扉を守っていた。
「ラビ」
「あれな。多分洗脳…………だと思うさ」
あの暗殺者の殺してくれるのか、と期待を籠めた異様な輝きの瞳。死を恐れるどころか寧ろそれを心底望んでいる、そんな顔だ。
死を恐れない、ならば分かる。武官であり王と国に忠誠を誓っているアレンは有事の際には王の盾となり死ぬ事などとうの昔に覚悟しているし、文官であるラビとてそれは同じ。そもそも王の気紛れともとれる慈悲で生かされた身だ。王の為に捧げる事には一片の疑問も無い。
だがあの暗殺者は違う。ラビやアレンは忠誠を元に、死してでも王と国の為となるのが目的だが、あの暗殺者は死ぬこと自体が目的のように見えた。その先にある、死んででも叶えたい、本来必要な筈の「目的」が無い。
「…………目的を達成するか、失敗するかしたら、死ねと?」
「多分な。そういう洗脳だと思う」
どちらにしても口封じだ。捕らえられた彼が余計な情報を漏らさないように、そういう事だろう。
「…………えげつないですね。効率的ではあるかもしれませんけど」
一国の王を暗殺するのに一人暗殺者を使い潰す程度で済むなら安いものなのだろう。
理では分かるが感情としては、とアレンは眉根を寄せる。
暗殺者の青年の動きは訓練された暗殺者のものだ。鍛えられたアレンの部下が容易く倒されるほどの。
長い仕込みの期間を経ているのだろう、とラビは考える。
『っぁ、ひ、ひっ、ぐ…………!!』
扉一枚隔てたところから聞こえてくる悲鳴混じりの声に一瞬だけ二人は扉に視線をやった。今頃は彼らの王が件の暗殺者を「可愛がって」いるところだろう。喋らせる内容が暗殺者の頭の中に無い現在、犯しているのは単に愉しみの為だろうか。
「…………師匠、気に入ったんですかね? あの暗殺者」
「さぁ…………」
彼らが守っている扉は王の私室の物だ。
性的な奉仕をさせる女奴隷も寵姫も数多く抱える王だが私室に連れ込んでまで抱くような相手はいない。どれほど夜が更けていようとも万が一の事を考えハレムで眠ることを良しとしない王は私室で一人寝が常だ。
そんな王が初めて私室に連れ込んだのがその命を狙う暗殺者、という現状にアレンは眉根を寄せる。これが寵姫なり女奴隷なりであれば、漸く世継ぎを儲けてくれる気になったかと安堵出来るのに。
確かに王自ら監視するならば私室に繋ぐのは効率的なのかもしれないが、しかし見方を変えれば気に入りの愛妾にしているかのような対応だ、とも思える。
扉の内側から流れてくる悲鳴を聞き流しながら、二人はその後は無言のまま扉を守り続けた。
注:神田は割と死に掛け。
でも陛下は特に気にしない。
ハレムで寝ないのは就寝中に襲撃された時に自分の愛妾達が巻き添えを食らわないようにする為。
王は自分に体を捧げて庇護を求める女に甘い。
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