弱々しい吐息と呻き声はそれが瀕死であることを示していた。
元々内蔵を傷つけられていた所を容赦無く犯されたのだ、瀕死にならない筈も無い。
「…………」
殴りつけられて傷ついた腹を無意識に庇うようにで蹲っている。
眼の前には乳粥の入った皿。だがそれに手を伸ばすことはない。食え、と命じられた所で指一本動かせない彼には無理な話だった。自分の意志では碌に動かせない体は、けれど小刻みに震えている。体に受けた傷に対しての痙攣でもあるその様子を見下ろし、
「参ったな。やりすぎたか」
先程まで脅しつけていた王は、捉えた暗殺者が意地で食事に手を伸ばさないのではなく伸ばせない状態である事を認めて溜息を付いた。
性玩具として扱いはしたが元々は差し向けた主人を吐かせる為に捉えた物だ。死なれては元も子もない、と思案顔。
口をこじ開けて無理矢理流し込んでみるか、と手を述べた瞬間、暗殺者の体はビクリと跳ねた。
濁り始めた眼は強く怯えの色を浮かべている。最初の襲撃時や二度目の襲撃時には殆ど感情の揺らぎが見えなかったものが、微かに変化を見せつつある。それは王の気を強く引いた。
王がハレムに置いている女達が連れてきたばかりの頃にしている眼と今の暗殺者の眼は良く似ていた。
怯えた眼の女達がやがて安らいだ笑みを浮かべるようになる過程を見守る事は王の好む事の一つだ。
「…………」
髪を掴んで顔を皿の上に押し付けようとしていた手を止める。
その手を頬へ、そして顎へ。開かれた瞳孔が王を見つめている。
顎下を擽るように摩ってから頬を撫でる。暗殺者の方は王が意図する事が見えない、そんな顔だ。散々嬲られた彼はこれが次の暴力に繋がるのだろうと怯えて体を硬くする。
「…………ぅ、ぁ、」
痛みのある所に触れたか、暗殺者は小さく呻くような声を上げた。
相変わらず目を閉ざすことはない。ただ見開かれた目が、次の動きを察知しようと見上げてくる。
「食え」
王は匙に乳粥を掬い、暗殺者の口元に押し付けた。大半は口元を汚しながら寝台へと落ちたが、それでも微かに喉を動かすのが見える。
「…………犬猫の子の世話の方が、まだ楽だ」
王のそんな呟きは誰の耳にも入ることは無かった。
捕らえた暗殺者は相変わらず胃を痛めた所為だろうが、食欲を見せない。
仕方無しに匙で口元迄運んでやると何とか嚥下するが、自ら手を伸ばすつもりは毛頭ないらしい。一国の王を給餌にこき使うとはなんて奴だ、と王は嘆息した。
牢に繋いだ所でまた見張りが倒されるがオチ――――――そう口にすれば武官の頭を任せるアレンが猛然と食って掛かった上に自ら番をすると申し出るのは目に見えている、冗談じゃないその間のアイツの仕事は誰がすると思ってるんだ――――――、いっそ自身で見張るかと自室に繋いだはいいが正直な所こんなに面倒なものだとは思わなかった王は早くもその選択を後悔し始めていた。
いい加減死にそうになるから犯すのは止めた。止めたのは良いがでは王がハレムに行く間は誰がこの暗殺者を見張るのか、と自問し、出た答えは「出かけない」だった。最悪だ。
結局王は碌に女も抱けずただ暗殺者を眺めるだけの日々が始まった。捕らえた相手は顔だけは良いからこれは軽く忍耐を強いられる。犯して玩具にしたところで誰も文句を言わない相手――――――本人だけは言うかも知れないが誰も聞き入れるつもりはない――――――、耐えるのは口を割らせる為だけだ。
「は? …………何やってるんです? 師匠」
「餌の時間だ」
警備強化の報告資料を持ってきたアレンが目を丸くしている。それはそうだろう。何処の国の王が罪人に手ずから食事を与えるんだ。
「って!! そんなの奴隷にさせればいいでしょうっ!!」
「また逃げ出されても面倒だろう。まぁ流石にそんな元気は無いだろうが」
王はうんざりと答えた。
先程徴税の資料を持ってきたラビも似たようなことを言っていた所だ。この遣り取りも二度目だった。
侍医に見せた所王の見立て通り、臓腑の傷から来るものだと言われた。時折血反吐を吐いていたが此処二日は見ていない。別段手当らしいことは誰も、何もしていないのだが少しはマシになってきたということか。
王とアレンの遣り取りには反応せず、ちろ、と匙の乳粥を舐める暗殺者は虚ろな目をしていた。傷と、まともに睡眠を取っていないことから来る体力の低下だろう。
暗殺者が転がされている寝台は王のものであり、王は当然そこで休む。すると怯える彼はとてもゆっくり休めるという状況ではなく、一晩中隅で緊張しているしかない。
ここ数日、殴られも犯されもしなかったがそれが何時までも続くとは到底考えられない。今王が何を考えて彼を看護するような真似をしているかも、そしてその気が何時変わってまた暴力を受けるようになるのかも分からず、ただその時に備えて体を硬くするだけだ。
「…………。東南部国境付近にて、不穏な動きがあります」
「ほぅ? この間の残党か?」
「恐らくは。それと、「ソレ」の主人であるかもしれません」
「俺を殺して混乱に乗じて侵略か。常道だな。今頃国王崩御の報が無くてやきもきしてる所だろうな」
暗殺者の主人もまさか自分の手駒が今王の寝台の中にいるとは思うまい、とアレンは暗殺者を見る。
腹が満ちたか、蹲りながらじっとしている彼はまるで獣のようだ。
「吐かせるが早い――――――ですが」
「まずは思い出させない事には勝負にならん」
主人の事は愚か自分の事すら満足に覚えていない暗殺者に掛けられたのは催眠であろうと辺りを付けた王は早いうちから解除を試みていた。
だが相手も手駒が囚われ尋問に掛けられる可能性は考慮していたらしく、催眠は何重にもなっており一朝一夕に解けるようなシロモノではなかった。一つを解けば保険として掛けられていたであろうもう一つが掛かる有様だ。最大の物は「成功でも失敗でも、自死せよ」なのだから面倒極まる。暗殺者が幾度自ら舌を噛もうとしたことか。しかも解けばそんな事はコロリと忘れると来た。
「もういっそソレを連れて行って、何かしら反応した奴が主人ってことでどうですか?」
「…………面倒がなくていいが向こうの奴らをどうやって全員取り揃えるっつーんだ、お前は」
「制圧してからですよね…………。まぁ向こうにとっても気に入りの「玩具」みたいですから、ちょっとは反応すると思うんですけど」
「…………」
何の気無く見下ろすアレンの眼前には蹲っている暗殺者の背中。日に当てなかったか、肌は色白く、けれどそこには新しそうな生々しい傷から古く塞がり皮膚の盛上がりでそこに嘗て酷い傷を受けたのだろう後を残すばかりの物まである。鋭利な刃物で付けられたものから鞭を振るわれたような跡まで様々だ。
軍人であるアレンにとって傷を任務中や訓練中に負う事など珍しく無い。だがしかし、単に「遊び」「快楽」の為だけに負わせるというのはどうなのか。
「加虐趣味の変態か…………手駒や召使にとっては気の毒なことで」
そう気の毒そうにも聞こえない声でアレンは呟いた。
王は無言で暗殺者を見下ろす。
その暗殺者はやはり何も聞こえていないかのように、蹲ってじっとしていた。
瀕死である。
この辺りから王の飼い猫になりつつある。
王のハレムの女は他族の侵略を受けて滅ぼされた民族の生き残りや元奴隷などワケアリのばっかり。
???×神田トップへ
小説頁へ