一瞬にして周囲は水を打ったような静寂、それから事態を把握出来たものから声を上げたり膝をついたりと動き始めた。
その中でも矢張り早かったのはアレンとラビの二人で、
「師匠!」
倒れた暗殺者から剣を取り上げた王が駆け寄るアレンに鷹揚に頷いた。
「あー良かった、死ななくて済んだ…………」
ラビが深く溜息をつきながらそう呟く。
「怪我は、…………!」
王の衣装の一部、肩の辺りが黒く変色していることに気付いたアレンは目を見張り、それから憎々しげに倒れた暗殺者を睨み付ける。
「陛下、処断を」
短くアレンに促された王は無言で暗殺者を見下ろした。
上階より飛び降りてきた王に倒された暗殺者は身を起こす様子もない。
「陛下」
ラビもまた同調するように王に声を掛けた。
だがしかし王は、
「…………」
転がった暗殺者を抱え上げるとそのまま踵を返した。
「陛下、何方へ!?」
「部屋に決まってんだろ。…………死にかけかと思って首輪を解いたのが間違いだった」
「しかし、王!」
「お前ら、猛獣が檻から放たれて人を襲ったら責めるべきは猛獣だと思うか? 放った主人ではなくか?」
「…………」
王からの問答のような問いかけに戸惑った顔の交換達は黙りこむ。だがアレンだけが、
「その場合主人に罪が無いとは言えませんがそれ以上に人を襲った猛獣は処分されて然るべきかと」
あくまで処分を、と食い下がるアレンに王は小さく苦笑して、
「アレン、ラビ、ついて来い。どうやらコイツの催眠の「鍵」が見つかったようだ」
「!」
瞬間アレンが「今直ぐ暗殺者を処分すること」と「暗殺者の主人を吐かせて黒幕を叩くこと」の二つを天秤に掛けたのはラビには分かった。
感情だけを見れば実際王に傷を――――――それも二度もだ――――――付けた暗殺者を始末してしまいたいところだろうが、
「…………承知いたしました」
感情だけで動く程幼くも愚かでもない彼は、大人しく王の命に応じてその後ろについた。
「アルマ・カルマ?」
「聞き覚えは?」
「…………あるさ」
鍵かもしれないというその人名を聞いたラビの答えにアレンは片眉を跳ね上げた。王の表情は変わらない。無言で先を促され、
「草原の民、少数民族カルム族。アレンも知ってるだろ?」
「あぁ、彼ら騎馬兵が強いんですよね」
草原は国内にあるが彼ら少数民族の内で王に恭順を示す一族は特別に自治を許されていた。心ばかりの僅かな租税を上納する代わりに国民として王から守護され、彼らが多民族から侵略を受ければ王はそれを自らへの宣戦布告と見なす。故に諸外国からの襲撃を免れる彼らと国との関係はけして悪くない。
「カルム族の族長の家系の一人さ。十年以上前に子供が行方知れずになったって報告が上がったんさ。見つけたときにはって保護を願い出てる」
「結局見つかったんですか?」
「いや。見つかってない。獣に食われたか拐かしにでもあったんじゃないかって、特にそれ以上捜索もしてない」
「…………」
す、と細められた王の目を見返しながらラビは頭の中にあったその情報を思い返す。だが十年以上前の、それもけして大きくはない――――――不作であれば直ぐ様子を捨てるこの国では、子供が一人消える事など残念なことに珍しくもなんとも無いのだ――――――事件のこと。入っている情報自体が大したことがない。
「生きていればそいつはどの位の歳だ」
「俺と同じ位、十九か二十か。その位さね」
「…………」
アレンが床に放り出されている暗殺者をまじまじと見つめ、
「まさかコレがそのアルマ・カルマって事ですか?」
「んな訳無いさ、だってこいつこの辺の人種じゃないし、カルム族の身体的特徴なんて殆ど持ってないし」
ラビの言うカルム族の身体的特徴などアレンは知らないが、確かに眼前で横たわる暗殺者はこの辺りの人間には見えない容姿をしている。
とはいえこの辺りには昔から他国より捕虜や奴隷が多く送られてきているから、多少の人種の違和感は対して取り沙汰されない。キリスト教徒であった奴隷女を母に持つアレンもこの辺りには珍しい類の容貌だ。
「…………ふむ」
「名前を呼んだって事は、顔見知りなのかもしれんさね」
「? 十年以上前に行方不明になった人とですか?」
「――――――昔からあったな。攫ったガキを仕込んで鉄砲玉にするっつーのは」
「「…………」」
王が何気なく呟いた言葉に、アレンとラビは揃って暗殺者を再度見た。
「その辺から拾うなり攫ってなりすればいいだけだ。元手も掛からん。多少手荒に仕込んで死んだ所で痛くも痒くも無かろう」
「下衆が、」
アレンが小さく吐き捨てた。そんなアレンにラビが視線だけで一応王の御前であることを思い出させようとする。
「失礼しました」
その視線にアレンが小さく詫びを呟き一歩下がった。王は特に気にする様子もない。
「だとするとだ。たかが鉄砲玉に一々詳しいことなんざ教えてねぇだろうな」
「…………」
ならば既に、この暗殺者を生かしておく理由など何処にもない。だが、アレンは今度はそれを声高に主張することはなかった。
アレンは昨日見た暗殺者の背中を思い返していた。
白い背は日に当てていない病弱そうな色に見えた。「仕事」以外に付けられていた傷は多く、傷の種類や付いている位置からして仕込みの途中についた傷というよりは、快楽目的でわざと付けられた傷という方がしっくり来る。
成程、攫って来た子供を暗殺者兼玩具として使っていたのだろう。
それらの事が王に傷を付けたことに対する免罪符になる訳ではない。訳ではない、が。
「…………一歩間違えれば、僕も「こう」なってたんでしょうけどね」
アレンの呟きは、満更暗殺者の境遇を他人事だとは思っていないようにラビには聴こえた。
アレンの母は先代の王に買われた奴隷女だ。買われてハレムに入ったときには既に孕んでいたという。故郷に夫が居たのか、それとも連れてこられる過程で誰かに犯されて孕んだのかはもう誰も知らない。傷物として安く買い叩かれてハレム入りしたとかで、王に召される前に腹が膨れてきても誰も驚きはしなかったという。
王の血を引かない奴隷が産み落とした子など単なるゴミでしかない。女であればまだ長じれば母親同様美しく育ち王を喜ばせる女になるかもしれないから、と養われることもあったかもしれないが、生憎アレンは男であった。
産み落とされたその場で直ぐ様アレンはハレムと外界を隔てる壁の外に放り出された。か弱く泣き叫ぶ赤子のアレンを拾ったのは当時はまだ王子だった今の王だ。
運が悪ければその場で死んだであろうし、性質の悪い輩に拾われていればこうしてこの暗殺者の様に使われただろう。アレンは全ての自らの幸運はその時、王に拾われて生き長らえた瞬間に使い果たしていると信じて疑わない。だから残りの生は王と国の為だけに費やす覚悟をしている。
「…………」
かさり、と衣擦れの音がした。王の足元に放り出されていた暗殺者が微かに動く。
瞼が震え、見開かれた両の眼からは光るものが流れ落ちていた。
親方!空から王が降って来た!(嘘)
飯の支度をしてやってたら不意打ちされて剣をぶん取られた上に肩を刺された王、しかし混乱中の神田は止めは刺さずにどっか行った。
???×神田トップへ
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