ラビの進言により再度寝台に鎖で繋がれた暗殺者は、アレンが乱暴に肩を揺さぶろうとも王が声をかけようとも反応を示さずポロポロと涙を零しながら俯いているだけだった。
 埒が明かない、と長嘆した臣下二人に王は下がるよう命じた。流石につい先程のこともあり、アレンが拒んだが二度目の命は拒むことは許されない。王の気が済んだら必ず侍医の診察と手当を受けることを条件にアレンとラビは去っていった。とはいえ扉一枚隔てたそこにいるのは分かっている。王もそこまで禁じた訳ではない。
 暫く冷えた床の上にそのまま放置したが、一応暗殺者は死に掛けであったことを思い出した王は再度抱え上げて寝台の中に戻した。

「全く、死に掛けの癖にやってくれる」

 他人に傷を付けられたことなど、この暗殺者の前には何年もなかった。それが一度ならず二度も付けられるとは。
 腕が鈍ったか、と臣下が聞けば全力で否定するであろうことを王はひとりごちながら体を胎児のように丸めた暗殺者を眺めた。それはまるで外敵だけではなくこの世の全てから身を守ろうとしているように見える。実際暗殺者の生きてきた世界は全てが等しく地獄であっただろう。一度でも仕事をしくじっていれば処分されているであろうが、失敗が無くともあの傷だ。

「アルマ・カルマはお前の知己か」
「…………」

 その鍵であろう名前に、暗殺者の肩が微かに揺れた。
 涙を止めないその目を覗き込み、虚ろな黒に言い聞かせる。

「――――――話せ。お前が知っている事全てだ」
「…………」

 茫洋とした視線は暫く宙を彷徨い、それから王に定まった。
 暫くの無言に王は再度促すことはせず、口を開くことを待っていた。
 恐らく碌な扱いなど受けていないであろう暗殺者が記憶をそれなりに取り戻せば主人に対する忠誠心など無いだろう。そうすれば話す方が身の為になる事は理解できる筈だ。
 最もこの暗殺者が今更保身など考えるかどうかはまた別の話であろうが。
 言葉で促さず、王は暗殺者に手を伸べて頭と髪を撫でる。この暗殺者は痛みや恐怖を並べられた時にそれらから逃れようと口を割るよりは、恐怖の余り立ち竦むタイプに思えた。そうでなければ余計なことをベラベラ喋る出来損ないだとして殺されているだろう。よって選んだのは強攻策ではなく、懐柔策。

「五人、いた」
「…………」

 唐突に始まった暗殺者の話に、王は目を細めることで先を促した。

「俺も、アイツらも、何処からか攫われてきた」
「攫われた?」
「俺は最後に入ったから他の奴の事は知らない、けど。アルマが言ってたからきっとそうなんだろう」

 暗殺者の話は要領を得ない。まともな精神状態でない所為か、まともな教育を与えられていない――――――鉄砲玉に普通の教育など施さない、まともな感性を持たれて逃げ出されても困るからだ――――――為か。或いはその両方か。
 取り敢えずその五人の中にアルマ・カルマが混ざっている事を把握する。

「お前達は何処にいた?」
「暗い、牢の中」

 場所の特定は出来そうにない。

「お前の他に五人いたんだな?」
「…………他の牢にも、何人かずついた」
「子供か?」
「子供だ」

 それなりに大人数いたらしい。誘拐でかき集めたなら組織的な犯行だ。それだけで十分首謀者は死罪に値する、と王は冷えた心で考えた。

「そこで何をした?」
「ナイフを触ってた」
「その次は」
「ボウガンを」

 長く続きそうだ。分かりやすい説明など望むべくもない。王は補足させようと辛抱強く問いかける。

「ナイフやボウガンは触っただけか?」
「…………。それで、小さい獣を殺した。怖いから嫌だと言ったら大人に殴られた。毎日、10匹ずつ殺した」

 動物を殺させて命を奪う事への罪悪感や恐怖心を麻痺させるのが目的だろうと見当をつける。勿論動物だけでは無い筈だ。
 
「人間もか?」

 暗殺者はこくりと頷いた。仕草が妙に幼い。

「動かない人間の、此処と此処を刺せと」

 大人と違い子供には倫理観がまだ育ちきっていない。殺す対象が小動物から人間――――――それが生きた人間だったのか死体だったのかは兎も角――――――に変わるのにはそれ程時間は掛からなかっただろう。動物を殺す事と人間を殺す事の罪悪感に差は無いのかもしれない。

「獣や人間を殺して、その後は」
「喉が焼ける水を飲んだ」
「…………」

 耐毒性を付ける為か。王自身も幼少時から良く飲まされたものだ。最初はごく少量から初めて徐々に量を増やし、最終的には致死量の十倍に耐えられるようにされた。勿論暗殺に備える為だ。しかし使い捨ての暗殺者の仕込みにしては念の行ったことだ。

「ずっとそこに居たか?」
「違う。喉が焼けなくなった頃、牢を出て主の所に行った」
「他の五人もか?」

 そう訊いた瞬間、暗殺者はカッと目を見開いた。震えが収まっていた筈の肩が再びガタガタと震えだす。
 これまでにない程、分り易く怯えを見せた暗殺者に王は短く問うた。

「どうした。他の五人は?」
「…………て、ない」
「?」
「出て、ない」

 カチカチと歯同士が当たる音の合間に搾り出すような声。暗殺者の呼吸は早く上滑りし始めた。

「お前が最初に出たのか?」
「ち、がう。…………違う、」

 そう呟くと暗殺者は耳を押さえて体を縮こませた。そんな様子に王は微かに渋面し、暗殺者の背を押さえた。震えが直接伝わってくる。
 暫く浅く早い暗殺者の呼吸音だけが響き、その後。

「…………皆死んだ」
「死んだ?」
「アルマが四人を殺して、俺がアルマを殺した」
「何故」

 短く返せば暗殺者がまたしてもひゅっ、と息を吸った。…………過呼吸の症状を見せている。
 耳を抑えていた手も小刻みに震えていた。

「牢から出られるのは一人だけ、だ」
「…………」
「他の五人を殺せた奴だけ出られた。食べ物を貰えなくなって、殺し合えと。生き残った奴だけが使い物になる、から」

 暗殺者の言葉に、事情を正確に読み取った王から表情が消えた。
 遠い東洋の地で、呪術の為に使う「蟲毒」というものがある。毒のある生き物を一つの器に閉じ込め、餌を与えず土に埋める。飢えた生き物達は喰い殺しあい、最後には一匹だけが残り、それは非常に強力な呪具となる。暗殺者や同じ牢に居た子供達が受けたのは、それを人間で再現したような状況だったのだろう。
 王は渋面を作ることすら放棄した。今の王の無表情を見たらアレンもラビも、王宮の誰もがさぞや恐れることだろう。

「俺は最後に入った、から。最初は一緒に遊んでた奴を、怖くて、こわくて殺せなかった! そうしたら、他の奴が俺を殺そうとして、そうしたら…………!」

 言葉の最後が悲鳴のように響いた。王は無表情のまま暗殺者の肩と背を強く押さえた。

「アルマが他の四人を、殺した…………」


 キレると無表情になる王。
 次回グロ注意。


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