※グロ注意※





体が冷たくなっていくに連れて、嘗ての「日々」が鮮やかに蘇ってきた。
 冷たく淀んだ鉄の匂いが混じる空気、薄暗くいつも湿った牢。空腹。殺気立った四人。自分以外の全員を殺さないと出られない、そうでなければ餓死するしかない。それは<第十六期>の「失敗」だと大人が言った。
 牢の隅で蹲る「弱虫」の俺が最初の標的になった。俺も仕方ないと思った。命令されても標的を殺せない奴は生かしておく価値など無い、そう教わった。四人がナイフを手に俺の目の前に立つ。振り上げられたナイフの先が光って見えた。けれど。アルマの絶叫。四人の視線はアルマに行った。それから。
 アルマが慣れた手つきで四人の首を掻き切ったのはあっという間だった。
 真っ赤な血で、薄暗い牢が赤く染まる。牢だけじゃない。アルマもアルマが握っていたナイフも、隅にいた俺もが、真っ赤に染まった。血を浴びたのは初めてじゃなかったけれど、そんなに沢山の血を浴びたのは初めてだった。
 俺が暖かい血に塗れて呆然としている間に、首を掻き切られた四人は床に転がって暫く血を吹きながらビクビク痙攣して、それから動かなくなった。死んだ、と理解するまで少し掛かった。
 暖かかった血が冷えて冷たくなるまで俺も、背を向けていたアルマも動かなかった。
 体中冷たくなった頃アルマが振り向いた。どんな顔をしていたのかは思い出せない。姿形は覚えているのに顔だけが黒く塗りつぶされてるみたいだ。
 その時、次に、最後に殺されるのは俺だと思った。恐かった。けれど、出られるのがアルマなら、それが一番良い。俺は「弱虫」だから、外に出ても役に立たなくて殺される。
 アルマがベチャベチャと音を立てながら俺に近づく。ああ、でも、アルマが出られるのは良いけれどやっぱり死ぬのは怖くて目を閉じた。痛いんだろうか。痛いんだろう。先に死んだ四人も何か叫んでいた気がした。

『ユウ』

 アルマが俺を呼ぶ。あぁ、そうだ。それが俺の名前だ。他の四人は俺の名前なんて知らなかったけれど、アルマだけは知っていた。呼んだ。俺の名前。
 アルマが屈み込んだ。息が顔にかかる。冷たい牢と冷たい体で、顔だけが暖かった。
 少しだけ唇の暖かさが増えた。何だろう。分からない。何かを握らされた。アルマの手がその上から俺の手を握る。
 
『さ よ な ら』

 さよならアルマ。お前が外に出て、少しでも長く生きられるよう祈ってるよ。
 
 握られていた手が動いた。
 びしゃり、とまた暖かい血の感触。ふっ、と意識が遠くなる。
 ――――――あぁ良かった。痛くなかった。
 安心して、だけどおかしいんだ。体が重い。何か載せられてるみたいだ。何時まで経ってもその感じが抜けていかない。死んだら何も感じないんだと聞いていたのに。おかしい。
 恐かったけど、もう開かないんだろうと思ったけど、恐る恐る目を開いたらそこはまだ牢だった。どうして、と思って、それから重いところを見た。


 そこには他の四人と同じように首から血を流して動かなくなった、アルマが居た。


 どうして、どうしてお前が死んだ?
 死ぬのは、殺されるのは俺だった筈だ。俺が、「弱虫」の俺が死ななければならなかった筈だ。
 なのに、どうしてお前が――――――…………

『うぁ、ぁ、…………アルマっ…………!』

 どうして俺がお前を殺した? どうして、どうして、どうして!!
 頭が割れるように痛い、息が苦しい、息ができない、痛い、
 怖い、嫌だ、怖い…………!


 一人で生きて外に出ても、もっと辛いと俺は知っていたのに。


『どれが残った?』
『ふむ…………No.2だ』
『あぁ、最初の2番が死んだ時に入れ替えた奴か。驚いたな、臆病だし他に比べて小さかったからてっきり「燃料」になるだけだと思ったが』
『身体能力は低くない、どれも平均以上だ。マインドセットをしっかりやれば十分売れるようになるだろう。…………おい、出ろ!』

 勝手に震えて暴れる体を押さえつけられた。殺される、と体が凍りつく。その方が幸せだというのは分かっていたのに。

『大丈夫か? こいつで。精神が随分弱ってるようだが』
『どの部屋でもそうさ。平気な顔して生き残ってる奴は寧ろ反抗的になりやすくて扱いづらい。こいつくらいが丁度良いんだよ』
『成程。じゃあ、後は任せたぜ』
『あぁ』


 きっと、死んだほうが楽だった。


 息が苦しい、体が痺れる、空気が欲しいのに喉が空気を入れようとしないのか、それとももっと違う事の所為なのか。
 死ぬのか。別にいい。昔死ねなかったから、今死ぬだけだ。ただ、苦しい。あの時俺は痛い思いをしなかったから、今その償いをさせられるんだろう。
 ひゅぅ、と耳障りな音がして、それから。
 大きな手に、口元を塞がれた。

「ぅ…………」

 息を止められて殺されるかと思った。
 けどその手は強く押さえつけて来なかったから結局隙間から息を吸えてしまう。何故か、その内に痺れが消えて体に熱が戻ってきた。あのままだったら死ねたかもしれないのに。

 その手は、王は、俺の呼吸が戻ると離れた。
 表情には何も浮かんでいないのに覗き込んでくる目が強い色をしていて、射ぬかれそうな強さにまた怖くなる。見ているのが怖くとも目を反らすことはもっと出来なかった。目を逸らして見ていない内に何をされるか、その方が怖い。

「…………」

 王の手が俺の頬を、顎を撫でる。大きな手に触れられると不穏な気配に背筋がざわついた。殴る為でなく触れてくる手など知らない。昔傍にいたアルマの手以外には。

「主人の名は、知らないんだな」

 王の言葉に一瞬何のことか考えて、それから「俺に王の暗殺を命じた主人」の事だと理解して瞬く。
 俺達は頻繁に売り買いされていたから何時の主人なのか今誰が主人なのか、偶に分からなくなることがあった。

「お前の主人はお前以外に、お前のような奴を抱えていたか?」
「…………」

 言われて考える。
 仕事の時に外に出るか主人に呼び出される以外は、小さな暗い部屋の中でじっとしていた。
 部屋の中には俺の他にも居た、気がする。

「…………」

 王の言葉に瞬いて答えた。
 通じるものかと思ったが王には理解されたらしい。そうか、と呟いた王は何もなかった表情に思案の色を混ぜて、

「ならお前が失敗したと知れたら、次の奴が仕向けられるんだろう」

 そうかもしれない。流石に二番煎じ、同じ方法では入り込めないだろう。それとも本当の女も少しはいた筈だから、また奴隷として来るんだろうか。
 ぼんやりと考える。――――――頭がぼんやりと、霞かかってきた。
 危害を加えられる気配を探ろうとしたがもうそれも出来ない。…………ふわりと意識を手放す途中に、

「――――――俺のモノになれ。お前の恐怖から守ってやる」

 そんな幻聴を聞いた、気がした。




 実際はアルマは自分でやった。