「ジェリー、ちょっといいか…………?」
「あらん?」

 黒の教団本部食堂。料理長のジェリーを呼んだのは、厨房の入り口でおずおずと佇んでいる少女だった。頬の丸みも取れ始め、子供から大人への成長途中…………今綻び初めている少女の名前は神田ユウ。若いながらも歴戦のエクソシストだ。普段は強気、尊大とすら取れる態度を取る彼女が――――――最もそれはジェリーを始めとした、見る人間が見ればそれは若い彼女の微笑ましくすら思えてしまう精一杯の虚勢なのだということは容易く分かる――――――今は随分と遠慮がちだ。

「どうしたの? 神田」
「…………、手ぇ、空くか?」
「お蕎麦なら直ぐ作ってあげるわよ?」
「違う、」

 ふるふる、と首をふる。ふわり、と花のような香りがした。入浴を済ませてきたのだろう。
 ふと、ジェリーの目は彼女が持っている小さなバックに留められた。普段であれば実戦向きの黒一色――――――せめてもう少し考えてやれないものか、年頃の娘だというのに――――――の鞄一つで身軽に動き回っているが、今の彼女が携えるバックはそれとは全く違う。花模様でピンクのそれは彼女の物というよりは彼女よりの年下の少女、教団室長コムイの妹リナリーの物であるかのようだ。
 ジェリーの視線に気付いた神田は頬を染めて、そのバックを体に引き寄せた。

「そ、の。…………化粧を、教えて欲し…………い…………んだ」

 






 部屋の鏡台の前。
 座らされた神田は上目遣いで後ろに立つジェリーを見上げた。

「色を載せて遊ぶにはまだあんたは若いから…………自然に見える可愛らしい色にしましょ」
「子供っぽいのは嫌だ…………」
「子供っぽいじゃなくて、歳相応って言うの。今派手な色なんて乗せたところで、面白い事になっちゃうだけよん?」
「…………」

 そんなものか、と納得したかどうかは分からないがジェリーが持つ紅筆が小さな唇に淡いピンク掛かったリップを載せていく。途中、鏡の中自分をちら、と見た神田は、

「赤がいい、真っ赤な奴」
「あんたね…………試してみてもいいけど、多分似合わないわよ」

 そうジェリーに窘められ、しょんぼりと肩を落とした。

「…………どうして赤がいいの?」
「あの人は多分そういう色が好きなんだ」
「…………『あの人?』」
「!!」

 口が滑った、そんな顔で慌てて神田は口元を両手で覆う。

「ははーん? さーてーはー…………」

 少女のまだ丸みの強い頬を、柔らかくブラシで撫でながらジェリーがニンマリ笑う。

「あんた、好きな人が出来たのね?」
「――――――っ、!」

 チークが必要なくなったほどに顔を真赤に染め上げた神田は俯いた。
 ジェリーはそんな様子を見ながら、歳若いが過酷な日々を生きる少女がちゃんと体の成長に応じて心を健全に成長させていることに母親染みた安堵を感じる。

「誰よその相手は? 手伝ってるんだから教えなさいよ〜」
「、」

 困った顔で視線を彷徨わせた神田は、暫くの後ぽつり、と答えた。

「…………すい、」
「え? 何?」

 聞こえない、と促され、逆に覚悟を決めたのか。

「クロス、元帥」
「…………」

 ぴたり、と筆の動きが止まった。
 動揺を悟られまいと平静を装うジェリーの背中には冷たい汗が浮かぶ。
 このいたいけな少女は何と言ったか。
 恐らくは初めてだろう恋を応援してやりたいと思っていた。たった今、その相手の名前を聞くまでは。 
 だが。だがしかし。

「ク、クロス元帥?」

 ジェリーは直接かの人との関わりはない。滅多に教団に戻ってこないし、戻ってきたとしても食堂で食事をする人ではなかった。時たま教団滞在の折にはワインに合うようなつまみを所望されるが、それもルームサービスで、という形になる為ジェリーが作ったものを他の人間がその部屋まで運ぶなどしている。
 だがそんな関わりの少ないジェリーの耳にすら届くかの元帥の人柄と、そして何よりも世界中に愛人がいるとまで言われるその女癖。諸々勘案してみても、とてもじゃないが14歳の少女の恋の相手としては相応しくない。
 いや、それよりも一番厄介なのはかの元帥が来る者拒まず、据え膳食わぬは男の恥を地で行くような人間である事だ。
 神田はつい先日その師匠ティエドール元帥が赤飯を炊いてくれ、と言いにきた程度の歳であるし、そもそもアジア系の彼女はこの辺りの人間に比べて歳の割に幼く見える。だがそれら全てはクロス元帥という人にとって勘案すべき事情ではないだろう。
 
 保護者に通報、するべきか。

「?」

 不思議そうに見上げてくる少女を前に、ジェリーはただ一人深く思い悩んだのだった。



 クロスの人間性を疑っているジェリー。
 おかんキャラ。


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