化粧を教え終わり、部屋から出てきたジェリーはその辺りの騒がしさに小さく首を傾げた。騒がしい、というより慌ただしい。
後ろからは矢張り気になるのか、神田がちらちらとジェリーの影から外を覗く。
「何かしらん…………?」
騒ぎの方へ向かうジェリーの後に付いて、神田もそちらへと向かった。途中すれ違う人間に彼女が普段と違う装いである事を気付かれなかったのは教団の薄暗い照明の所為だろう。下手に気付かれ誂われでもしたら(そんな命知らずが何人居るかはさておき、)少女は傷つくのであろうから、それについては良かった、と安堵する。彼女はそもそもはそのままで外に出るのを恥ずかしがっていたのだ。
やがて教団入り口付近。
室長コムイを初めとして幾人かがその人を取り囲んでいた。なにやら詰問するような雰囲気であるのにも関わらずあくまで堂々とした姿だ。途中脱ぎ捨てた外套を誰かに投げて渡していた。
その大柄な誰かが誰であるか、直ぐに知れた。
血を含んだような真紅の長い髪は――――――、
「クロス元帥、」
ぽつり、と背後にいた神田が呟いた。
紛れもない、憧憬の念を籠めたその声音に、ジェリーは襲い来る頭痛を堪えようと米神に指先を押し当てた。
「ん?」
本部からの通信に答えずに今まで何処をほっつき歩いて、という室長からお小言を聞き流していたかの人ことクロス・マリアン元帥は自分を見つめる熱心な視線に気付いた。
出所を探ればそこにいたのは大柄な料理長――――――ではなく、その影からチラチラと覗くまだ歳若く、女とは言えないような小娘。幾度か見かけ実際に声を交わしたこともあるその少女は同僚の弟子だ。
視線があった瞬間にはぱっ、と料理長の影に隠れ、暫くの後恐る恐るまたこちらを伺う。
まるで小動物のような仕草に思わず口の端に笑みが乗った。気が強い、という評を聞いていたがそれにしては随分と、だ。
「…………、」
尚も続く小言を無視して少女の元へ足を向ける。するとその前に居た料理長が心持ち青ざめた顔で少女を庇うように動いたが、知ったことではなかった。
「おい、神田?」
「…………っ!!」
再び影に隠れた少女を呼ぶ。呼びかけに応じて恐る恐る顔を出した。
――――――あぁ、子供の成長は早い。前回見たときにはまだ只の「子供」だとしか思わなかったのに今はどうだ、既に女の気配を漂わせている。
と、光の反射で微かにその唇が光るのに気付いた。…………珍しい、化粧とは。さては色気付き始めたか。
女は色気付くと急に変わるからな、と一人で納得しながらその頬に手を伸ばした。触れると熱を持っているかのように熱い。
「っ!」
大袈裟な程にビクリ、と肩を竦めた少女はしかし嫌がってはいない。そのまま料理長の影から引きずり出し、抱え上げた。
「う、わっ!」
今度は心底驚いたのか大きく目を見張る。そのまま片腕で包むように抱き上げ、下から見上げた。驚きの表情は徐々に恥らいのそれに変わる。随分と色めいた顔をするようになったものだと感心した。ベッドに引きずり込むにはまだ若いのだろうが。
「珍しい。…………似合うな」
「!!」
何を指しているのかは直ぐに気付いたらしい。恥じらいながらも嬉しそうに笑う。
少女から向けられる感情に気付かない程鈍くはなかった。
唖然とした表情の室長を無視しつつ開いている手で再度その頬を撫でる。と、だ。
「…………漸く帰ってきたと思ったら…………」
「チッ」
男の不機嫌そうな声なぞ聞かされたら思わず舌打ちしたくもなる。
「うちのユー君に何をしてるんだいっ!? そこの不良!!」
「ユー君って言うな」
それまでの恥じらいの表情から一転、嫌そうな顔で神田が返した。
「やれやれ…………五月蝿い保護者のお出ましだ」
折角少女の成長の度合いでも見てみようかと思っていたのに、完全に興が削がれた。
諦めて床に下ろすと離れる瞬間、一瞬抱きつかれる。
直ぐに体は離され、自分の口五月蝿い師を黙らせる為かその傍まで駆けて行った。
失った熱に、惜しい、と思う。
「神田」
ティエドールの元に辿り着くなり口論を始めた少女を呼ぶ。弾かれたように此方を見るその彼女に笑って、
「十六になったら俺の所に来い。女にしてやる」
「…………? はい」
次の瞬間発動された「楽園ノ彫刻」から逃れ、細い通路へと身を滑り込ませる。発動したイノセンスは関係の無い室長やら科学班やらを捕らえているがまさかティエドールの方もあれで簡単に捕らえられるとは思ってはいないだろう。
それにしても随分あっさりと頷いたものだ、さては意味を知らないか。
――――――自然と口の端に上る笑みに、喉奥で低く笑った。