翌日。
 朝、早い時間に講義開始までの時間を図書館で潰していると明るく、そして場違いに大きな声が聞こえた。

「おっはよーさホクロ二つー」
「変な呼び名を定着させようとしないように。リンクです」

 声の発生源を正確に予想しながら振り向く。案の定そこにいたのはラビだ。

「はーいはいっと」

 睨みつけての文句なのに彼は全く聞く様子がない。いつものことだと言えばいつものことだが。
 だが、普段ならば此処で諦めて溜息でもつくところだが今日は他にも言いたいことがあった。

「ラビ」
「んー?」
「神田ユウを裏切るような真似はやめなさい」
「…………ユウを? 裏切る?」

 何のことだと首を捻るラビに、酷く苛立った。

「昨日彼女から聞きました。ナンパに行ったと」
「あぁ、うん。…………でもそれが何でユウを裏切ることになるんさ?」
「――――――呆れた。恋人が異性に声を掛けにいったらそれは普通裏切りでしょう!?」
「ま、待つさリンク。誰が、誰の恋人なんさ?」
「誰って君が…………神田ユウの…………」
「…………」

 私がそれを口にした瞬間、沈黙が落ちた。
 その反応で、私ももしや、と思い当たる。

「…………もしや、違いました?」
「いやいやいやいや!! ユウと俺が恋人どーし!? 無い無い無い、ありえねーさそれ! 何、ホクロ二つってばそんな勘違いしてたんさ!?」

 大げさに顔の前でブンブンと手を振るラビは全身で全力で否定する。

「そう、なんですか」
「大体ユウが俺の彼女なら今頃俺ぶっ殺されてるさ、ユウは多分浮気とかに滅茶苦茶厳しいだろうし」
「しかし君は彼女の家に行ったりだとか親しくしていると、」
「そりゃー幼稚園から一緒の幼馴染みだもん。家なんかお隣同士だぜ? うち、昔から親が家にあんまいなかったから、よくユウん家で晩飯貰ったりしてたんさ」
「幼馴染み」

 想定していなかった単語を小さく呟いた。

「おむつが外れるかどうかの頃からの知り合いだぜ? そんな気になんてならないさ。目の離せない姉貴か妹って感じで」
「…………」
「そもそもユウは俺やアレンみたいな軟派野郎はお断りだっつってるもん。無いさねー、確実にありえないさー」

 笑いながら顔の前で手を振るラビは、ふと、ぴたり、とその手を止めた。それまでの軽薄の笑顔とは少々質の変わった表情で。

「所で、何でリンクはそんな事心配してたんさ?」
「それは、」

 昨日同席して、君達の話を聞いて、そして何と不実な男なのだと憤って――――――

(憤った、理由は?)

 他人の色恋沙汰に介入しようなどと思ったことはない。なのに、それが彼女だった瞬間口を出したくなった理由は?

 ラビが隻眼を微かに細めた。その目の光はあのウォーカーと同じ、食えない人種のそれだ。敵に回すと厄介な類の。

「…………アンタ、もしかしてユウに惚れちゃってる?」
「なっ…………!」

 彼女を悪く思っていないのは事実だった。
 単純にそれは容姿の事だけではなく、彼女のあの真っ直ぐで強い眼差しが、好ましかった。それは私自身や、目の前のラビ、そしてウォーカーには無いものだ。
 私には後輩として一線を引き礼儀正しく接するが、親しいラビやウォーカーにはそうでもない事も知っている。目の前で殴り飛ばされる二人を何度か見た。それすらも、その気丈さが新鮮で、女性とはか弱く優しく、庇護すべき存在なのだという認識を改めさせてくれたのだと、思った。
  
 恋愛など、異性など、縁がなかった。興味も薄かった。家族達に心配されるほどにだ。
 人生の目標は尊敬する義父、あの泥水をすするような孤児。、物乞いの日々から連れ出してくれたあの人の役に立つこと。それ以外は全て不要だと切り捨ててきた。そういった普通の人間らしいモノは、妹達――――――テワクやキレドリ達――――――が持っていてくれれば、それでいいのだと思ってきた。ウォーカーの事だって当初は義父から任されたからだ。

 その私が、この私が、――――――恋?

 ストレートな言葉が、当たっているのか外れているのか、それすらも今の私には分からない。
 分からなかった。







「よーっすアレン」
「あふ…………元気ですねぇラビ。僕は昨日の今日で眠いですよ…………」
「お前家帰ってねぇんさ? ま、いいや。ちょっとこれから付き合うさ!」
「これからって、僕講義なんですけど」
「あとで出席弄っといてやるから。ユウからノート借りて、講義もしてやるし」
「…………ならいいですけど。何ですか」
「ちょーっと、面白い事が起こってるんさぁ」
「…………?」



 悪友なアレン&ラビの目が光る。


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