迷惑な二人組に拉致され、そして解放された翌日。
 …………あれは。
 何時も通りの図書館。そこではあまり見かけたことのない相手を見つけて、視線が釘付けになる。
 背の高い本棚の前、神田ユウが手を伸ばして本を取り出してタイトルを見ては戻す、を繰り返している。…………探しものだろうか。
 そう思った瞬間、足が自然と彼女の方へ向いた。
 
「探しものですか?」
「! 先輩、」
「手伝いましょうか」

 声を掛けると弾かれたかのように彼女がこちらを向いた。
 次いで詰めていた息を吐きながら、

「…………お願いします。何時もはラビに探して貰ってるので」

 ラビの記憶力の良さは私も認めるところだ。私も暗記は得意分野だが、彼のそれは私の遙か上を行く。この蔵書数百万冊を超える大きな図書館の本の位置全てを把握するというのは、私には無理だ。

「ラビ程早くは出来ませんが。タイトルと著者名は?」

 彼女が答えた物には聞き覚えがあった。去年読んだ記憶がある。

「チャン教授の講義ですか?」
「はい」
「懐かしい、去年受講しました」
「思ったよりも難しくて後悔してます」

 そうだっただろうか。
 それ程難度の高い物だったとは思わなかったが…………

「見ましょうか?」
「え?」

 彼女が驚いたように少しだけ目を見張る。
 自分からこんな申し出をするなど、と自分自身も驚いていた。
 内心の動揺を悟られるのを良しとは出来ずに、取り繕う。

「課題でしょう?」

 彼女が探している本はチャン教授の講義の提出課題で使う本だ。蔵書数百万とは言えども同じ本を何冊も揃えている訳ではないから自然と争奪戦になる。
 貸出期限は二週間だ、最初に手にした一人が課題に使えば後の人間は他の図書館まで出向いて探すか購入するしか無い。

「…………」

 神田ユウが、少し迷うように視線を彷徨わせた。
 これがウォーカーであれば課題ごと押し付けてくるのだろうな、と考えて思わず苦笑する。

 数秒の後に彼女が出した答えにより、私達は図書室の机の一角に陣取った。






 彼女のノートは流麗な字でびっしりと取ってあった。
 が、しかし要点を纏めるでもなくただホワイトボードを書き写したであろうそれに、内心でこれを見たところで理解は出来無いだろうと考える。こんなに赤線ばかり引いてあったら本当に重要なのは何処かのか見分ける事はできない。
 典型的な真面目だが成績が伸び悩むタイプだ。因みにウォーカーは不真面目で成績が伸びないタイプであり、手の施しようがない。ラビにいたってはノートを一切取らないそうだ。見聞きするだけで全ての講義の内容を忘れることはなく、数カ月前の講義で教授が発した冗談を一字一句間違えずに再生して笑いを取ると言う。彼が記憶能力という分野において別格なのは間違い無い。
 さて、とノートに視線を落とす。
 赤線だらけのノートに、まずはノートの取り方という物を教えたほうがいいかも知れないと考えた。遠回りだが確実だろう。

「ラインを付け直してもいいですか」
「…………お願いします」

 青いペンで本当に必要そうな所にだけマークし直す。
 暫くその作業に没頭し、時折神田ユウにどの辺りをどのような基準でマークすべきか説明する。途中からは指で指し示すのみにし、マーク自体は彼女に任せた。その方が身につくと判断したからだ。
 ノートの二十ページ程を処理した辺りでふと視線を感じて振り向いた。

「…………」

 あの二人…………。
 三つ程離れたテーブルには妙な笑顔を浮かべているウォーカーとラビの姿が、あった。
 あからさまに何か言いたげな笑顔で――――――彼らに言わせれば私は彼女に恋愛感情を抱いているらしいので、恐らくからかいか冷やかしなのだろう――――――私達を眺めている二人に、まぁ見られているだけならば特になんという事はないと視線を逸らした。神田ユウは気づいていないか相変わらず熱心にラインを引き直している。

「…………」

 重要か重要でないかの判断がつかないのか、難しい顔のまま考え込んでいる。
 
「そこは大丈夫です」
「、」

 ピタリとペン先が止まった。
 分からない人間には分からないものなのだろう。分からなかったことがない私には理解できないが、そういうものであるのは知っている。
 それから神田ユウが次の講義が始まるから、と言って頭を下げて去って行くまで私は彼女のノートを延々見続けていた。






「「このDT野郎」」

 …………神田ユウが去った後。
 何故か私は笑顔の質を変えたウォーカーとラビに囲まれている。

「…………一体今度は何ですか」

 それにしてもDTとは何だ。彼らの様子から察するに良い意味でないのは間違いなさそうだが。

「折角二人きりで隣にいられたのに何? 雑談の一つも無し? そりゃリンクに最初っから口説くようなスキルは無いとは思ってたけどさぁ、それにしてもどゆことなのあれ」
「そんなんだからリンクは何時まで経ってもチェリーなんですよ!」
「どうしてあそこでせめてアドレス聞き出す位出来ないんさ!? 馬鹿!」
「勉強見てあげるなんて恩売って何かするんだろうなってワクワクしてたのに!」

 …………。
 何やら二人に声高に責め立てられているが全く意味が分からない。
 神田ユウに対しての対応について責められているのだとは思うが。

「ったくもー、ラビどうしましょうこのDT。何かお膳立てしてあげないと一生このままだと思いますよ」
「そうさねー…………」
「…………」

 私を置き去りにして何やら悪巧みめいた話を始めた二人に、厄介事の気配を感じて思わず溜息を吐いた。




  DT=童貞


  ???×神田トップへ
 小説頁へ