『ユウとの飲みセッティングしてやるから、ありがたく思うさ』

 …………頼んでいない。全く頼んでいない。
 講義時間中に届いたメールを見て思わずそう胸中で呟く。送り主のラビに対して講義はどうしたのかと問うのは今更なので止めておく。これがウォーカーであれば腕力差で可能かどうかは置いておいて、取り合えず首根を抑えてでも講義に放り込みたいところだが。
 返信しようとして、けれど迷う。何と返すのか。断るのか、応じるのか、決めかねている。結局即時の返信は講義中だからと言い訳をして諦めた。

 

 

 小さな画面を見ながらにんまりと笑うラビを隣から横目で眺めていたアレンは小さな声で、「首尾は?」と尋ねた。

「上々。速攻断られないって事はそれなりに向こうもソノ気あるんだろ」

 低い小さな声でやりとりされるそれらは、彼らの正面で懸命にペン先を動かす彼女には届かない。
 中々に鬼気迫るその様子にラビは小さく苦笑してから、

「なーユウ、週末空いてる?」
「あ゛?」

 こっわ、とアレンが呟いた。神田は普段より三割り増しで眼光鋭い。原因はたった今彼女が取り掛かっているレポートだ、二コマ先の講義が提出期限になっている。
 無論一度は仕上げてあったそれを駄目出ししてリテイク要求をしたのはラビだ。神田はラビの性格と女癖には疑わしい、あるいは胡散臭いものを見る眼差しを向けるがその頭脳に「だけ」は敬意を払っている。故に応じて今修正真っ只中な訳ではあり。

「飲み行こーよ」
「行かない」

 修羅場な所為か取り付く島も無くばっさりと切り捨てられてラビはううむ、と唸った。代わりにアレンが助け舟とばかりに口を出す。

「何でです?」
「お前らと飲みに行ってロクな目に遭った事がねぇからだ」

 忘れたか、と舌打ちする神田は最早ラビとアレンに向ける眼差しすら惜しいとばかりにレポート用紙に向き直る。
 舌打ちされた二人はこれまでの「ロクな目」にあたる事を思い返した。…………確かにまぁロクな事はしていない。泥酔して神田の世話になったことは数知れず(後で必ずシメられたが)、彼女がいた飲みの席にも関わらずついつい他所の女をナンパして(その場でぶん殴られた)、しかもその相手が神田に敵意を向けた所為で場の空気が最悪になった(結局神田は先にタクシーで帰った、後日タクシー代はそのナンパした女とお愉しみだったラビから回収された)事もある。後、神田との飲みをダシにして顔の広い男を釣って合コンまがいの事(その日神田は一言も口を利かなかった)をさせたり、エトセトラエトセトラ。
 でもまぁ、二人にも一応基準、超えてはいけない最低限のラインという物はあった。具体的には神田狙いのチャラ男と二人っきりにはしない、これだ。後はタクシーを使う場合以外は一人では帰さない。
 …………うん、問題無い。全く問題無い、と神田が聞けばふざけるなと激怒する事間違いなしの、見事な迄の自己正当化をした二人はちらりと視線を交わして頷く。

「リンク来るんだけど」
「…………ハワード先輩?」
「そうそう。こないだユウ言ってたじゃん、勉強見てもらって世話になったって」

 ピタリ、とレポート用紙の上を走っていたペン先が止まる。ややあって視線を上げた神田は胡散臭い物を見る目でラビとアレンを見上げた。

「お礼に奢ってあげたらどうです?」
「そーそー」

 リンクが聞けば全力で拒否しそうなことをラビとアレンは平然と口にする。神田は少し考え込むような顔をした。
 ややあってから口を開いた彼女は、

「…………お前らの分は出さねぇ。女に声掛けたいんなら、俺が帰ってからにしろ」

 そんな条件らしきことを口にして、応じた。

 

 

 


 どうしてこうなった、と小さく呟く。
 土曜日。結局ラビの提案に乗る形になって、彼らと共に居酒屋…………というには少々洒落た店に来た。
 そこにいた神田ユウに支払いは持つと言われて驚き軽い口論になり(何故年下の女性に奢られるのか!!)、結局折れる形で受け入れた。良かったじゃん、と軽く言うラビを思わず恨みたくなったのは言うまでもない。
 彼女は余りアルコールに強くはない、とは言っていた。強くは無いが度数の低い甘いものも苦手なので自然強い酒を少量、という形になるのだと。
 私自身もそこまで強くは無いので程々にしている。後は寧ろ弱いといっても差し支えが無いほどなのに毎度泥酔するまで飲む厄介なウォーカーと、この中では恐らく一番強く、しかしやはり量を考えないラビ。
 それでも最初は平穏だった。他の二人はともかく神田ユウとは始めて同席したので、彼女の普段のペースなど知りようも無い。
 最初にウォーカーが潰れた。可笑しくなったのはそこからだ。ラビはそんなウォーカーを尻目に酔い潰すつもりかという勢いで神田ユウに酒を勧める。強くないと聞き及んでいたがどうして中々、強いのでは――――――とそんな感想を抱いたは良いが、やがて机に突っ伏した彼女を見てすぐさまそれは撤回することになった。
 家族同然だというラビがいる席だからか、と考えていた所、

「あとは任せた!」

 何とラビはウォーカーの肩を抱えて無責任極まる台詞を吐き、颯爽と去って行った。余りにも鮮やかで止める暇も無い程だ。去り際に、

「この辺『休憩』出来るトコ一杯あるから。あ、ユウの家族には今夜は帰らないって伝えてあるから心配すんな!」

 などと恐ろしいことを捨て台詞にして。
 ふざけるな、と思いつつ結局会計を全て済ませ(あの二人は何も支払わずに帰った!)彼女に肩を貸して店の外に出て知った。単に指定された店だと向かってきた時には気づかなかったが、此処が猥雑なネオンを掲げる宿泊施設が立ち並ぶ、風紀の良くない街だったという事を。
 そして自分は彼女の住所など知らず、送り届ける事も出来ないという事を。

「…………私にどうしろと言うんだ…………」

 思わず呆然と呟いて、ネオンを見上げた。





  凄まじい力技に出た二人。


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