週末の騒ぎの所為か、週の初めだというのに疲れがある。 「おっはよー!」 場違いな程明るく、大きな声が響き渡る。思わず眉根を寄せた。 「なぁなぁ、ユウに聞いたんさー。何、ホテルまで連れ込んだのに部屋に入んなかったんだって?」 何が楽しいのか快活に笑いながらラビは私の隣の席の椅子を引く。これは読書どころではないなと判断して、本に栞を挟んで閉じて言い返す。 「…………女性と一晩同室すれば誤解を招くだろう、あらぬ事を妄想されて一番不愉快になるのは彼女だ」 人の目は何処にあるか分からない。ましてや彼女の知人など知っている訳が無く、防ぎようも無かった。 「さっすが、」 何が、と問い返そうとした時には既にラビは自分が携えていた本を開いて集中の顔だ。こうなっては返事など返ってこないと大人しく口を噤む。 「うわっ!」 出会い頭、こちらを認識するなり拳を振り被る神田に慌てて飛び退る。勿論女性の腕力――――――というか力が強い事に自信のある僕にとってはほぼ全ての男性もだけど――――――での事だ、受け止められれば何て事はない。…………受け止められればだ。素早く的確に急所を狙ってくるので、当たれば痛い、じゃすまなかったりする。護身の為に武道を修めたというのだから、一撃必殺狙いなんだろうか。 「チッ」 間合いを取ると当てられないと判断したのか、舌打ちと共に神田は拳を納めた。ラビの姿は近くには無い。…………あぁ、そうか、今の時間は彼は講義が無いんだ。また図書館だろうか。 「何ですかもー…………」 ふざけた事、と言われてはて何のこと、と首を傾げた。心当たりは――――――たくさんある。 「えっと、どれですか?」 何時にもましてカリカリしている。うぅん、と唸って、 「あぁ、一昨日の事なら僕じゃなくてラビに言って下さいよ、僕潰れてましたし」 気付いたら馴染みのバーのカウンターで寝てた。自分で歩いた記憶が全く無いから多分ラビが引っ張ってきてくれたんだろう。その頃には同じく潰れていたラビとバーデンダーのティキを突っついて朝ごはんになるようなものを作って貰った。 「もー、勘弁してくださいって。お昼奢りますから」 講義の終わりを告げる鐘が鳴った。次の時間帯には受講している講義が入っている。本を閉じて立ち上がった。 「私は行く…………ラビ」 反応は期待せずに声を掛けると珍しい事にラビが顔をあげた。 「…………。余り揶揄うな。私も男です」 そう告げて、背を向けた。
困ったことだと考えつつ、手元の本を捲った。最近では余暇にゆっくり読書をすることすら難しくなっている。図書館であろうが何処であろうが騒いでくれる迷惑な輩の所為でだ。
しかし本当に碌な目に遭わなかった。
神田ユウを自宅まで送り届けた件はまだ良く――――――恐らくそれは彼らの家族同然だというラビが連絡を入れたからだろう、最も警戒するような視線は向けられたが――――――、真に厄介だったのは家に帰ってからだ。妹達には遠巻きにされ、弟達にはからかわれ(私は潔白だ!)挙句義父に呼ばれて「相手の親御さんに顔向け出来なくなるような事はしないように」と釘を刺された。(だから私は潔白です!!)
流石に義父の前では兄弟達に対するように強く反論は出来ず不承不承頷くような形になったがアレは今から考えると断固として潔白であると訴えたほうが良かった気もする。
そのくだりを思い返して思わず米神を抑える。と、だ。
抗議の一つでも入れておかねば、と振り向いて思わず絶句する。声の主、ラビの頬にははっきりと痣が出来ている。
…………殴られたのか…………。
それはそうだろう、彼女を送り届けた時ですら彼女の怒りは凄まじかった。余りの怒りに彼女の家族達は彼女に仔細を問う事すら出来なかったのだ。
殴られて痛みが無い訳ではないだろうに、相変わらずラビは上機嫌だ。
「誤解を招きかねない発言は慎むように」
「ビジホのシングルだって部屋に椅子くらいあるだろうに」
溜息一つついて、再度本のページを捲った。
「何ですかじゃねぇよ、テメェ。ふざけた事しやがって」
「ふざけんな」
そういえば神田とリンクの姿が見えないと気付いてラビに尋ねたところ「街に放流した」っていう実にシンプルな答えだった。まぁ普通〜下衆の男なら間違いなくお持ち帰りするだろうけど(そもそもあそこはラブホ街だ)、神田の様子から察するに何も無かったらしい。リンクには最早感心半分呆れ半分だ。
リンクってEDか実はゲイの人なんじゃないかな、と本人に聞かれたら怒られそうなことを考えていると、心此処にあらずがバレてたのか目の前ぎりぎりを拳が飛んで行く。…………怖っ!
「お前じゃあるまいしメシで懐柔されると思うなよ」
「んあ?」
ラビがどんな顔をしているかなど、確かめはしなかった。
多分ちょっとびっくりしてる。