其の子供は見るからに顔色が悪くやせ細ってて、まともな育ちではないのは凡そ子育てなんぞには縁遠い俺にさえ分かった。
 暑い季節でもないってのに、裾の解れた紫色のワンピース一枚に裸足で、ドアの影から俺達を伺うように見ている。

「…………何?」
「、」

 俺が声を掛けたら薄くて細い肩が目に見えて震えた。
 
「…………それは置いてきなさい。駄目だよ」
「…………」

 弁護士にそう言われると、子供は後ろ手に持っていた何かを、隠した。

「何すか、アレ」
「日本刀ですよ」

 そりゃ子供の持つもんじゃねぇな。危ないし。

「おーい、嬢ちゃん。危ねぇから置いて来いってさ」

 そう俺は重ねた。が、子供はふるふると横に首を振って後退る。
 
「…………?」
「形見だそうです。母親のね。…………しかし、家の遺産で換金価値があるのはあれくらいでしょうから…………」
「…………」
 
 成程ねぇ。金の為に親の形見でも売り払えってか。
 …………まぁ俺には関係ないけどな。

「…………。」

 子供が、さっ、とドアの影から隠れた。気配はするから、まだそこにいるんだろう。

「では、こちらの書類にサインを」
「あ、はい」
「…………。」

 ああ、また視線を感じる。
 ちら、と窓際のキャビネットのガラスを見ると、そこにはまた此方を覗いている子供の姿が映っていた。
 何がそんなに興味深いのやら。

 知らない、知りたくもない――――――、そう思って、視線をわざと逸らした。





 サインした書類は、あの子供を養うのは無理だから他の適任者を探して欲しいという裁判所宛の書類と、それから父親の財産に対する相続放棄の為
の書類。

「…………。」

 その最中、子供は部屋の中をうろついて、たまに外に出たりしてたけど、弁護士ももう何も言わずに放っておいてたから俺も其れに倣った。

「では、確かに承りました。此方で提出致しますので」
「はい、宜しくお願いします」

 終わった。
 もう外は暗い。

 これで全部終わったんだ。

 そう思うと何か不思議な感慨すらある。
 これで、全部…………。

 どうでもいいか。
 つまんねぇ感傷に浸るなら、何も此処じゃなくてシケたアパートの自分の部屋でやればいい。
 安酒でも飲んで寝れば、明日にはもう綺麗さっぱり憂鬱な気分も抜けるだろう。

 入り口まで向かう。
 ドアノブに手を掛けた瞬間。 


 くんっ


「…………?」

 裾を、引かれた。

「何?」

 そこにいたのは、顔色の悪い子供。
 置いてきたのか取られたのかは知らないけど、あの物騒な日本刀は手にしてない。

「何か用? お嬢ちゃん」
「…………にーに?」

 …………?

「俺の、にーに?」
「にーに? って…………ああ、まぁ、あんたの兄ちゃんかもね。だけど…………」

 俺、あんたの事面倒見れないよ。

 そう言うつもりが、途中で言葉が途切れた。

「あげる」
「何これ? …………!」

 ワンピースのポケットから出てきた、変色し始めた変な紙。

「ばいばい」

 それだけ押し付けると、子供は奥の部屋へと駆け込んだ。
 子供から貰ったものをその場で捨てるのは流石に気が引けたから、仕方なく自分の鞄に放り込んだ。
 
 …………何だかな。

「じゃあな、お嬢ちゃん。幸せになれよ」

 小さく呟いて、俺はドアを閉めた。





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