あなたでいっぱい
※井森浅葱様への相互記念です。
連日の任務も終わり、今日は久しぶりのオフだ。
ゆっくりと食事を取り、さて鍛錬でもするかと考えながら、神田が廊下を歩いていると。
「あ、神田っ!」
向こう側から、嬉々とした表情のアレンが神田へと駆け寄って来る。
神田は緩く首を傾げながら立ち止まり、何か用かとアレンを見つめた。
「神田、帰って来てたんですね!お疲れ様です」
「おう」
「あの、良ければ今から一緒に食堂に―――」
「ユウ」
神田のすぐ前で止まり、弾む口調でアレンが何事か言い掛けた時。その言葉を遮るように、神田の背後から声が掛けられた。
驚いたように振り返る神田。その肩に、気配も無く背後に立っていた男―――クロスは腕を回した。
「元帥、」
「よぉ、ユウ。久しぶりだな?」
「師匠…も、帰ってたんですか…」
神田の肩を引き寄せ、髪に唇を寄せているクロスを見るアレンの笑顔は、黒い。
せっかく神田を食事に誘おうと思っていたのに、邪魔しやがって…と今にも舌打ちを零しそうな勢いのアレンに、クロスはニヤリと嫌な笑みを浮かべた。
神田はと言えば、そんな二人の様子には気付かずに少し恥ずかしそうにクロスの手を払おうとする。
「あの、元帥。あまり人前では…」
「なんだ、お前は相変わらず恥ずかしがり屋だな。そこがまた可愛らしいが」
「神田が嫌がってるんだから離れたらどうですか?しつこいと嫌われますよ、師匠」
ニコニコと笑いながらぐぃーっと神田とクロスを引き剥がそうとするアレンへ、クロスはジロリと鋭い視線を向けた。アレンも負けじと睨み返す。
「ユウ。オレの部屋で酌をしてくれ。お前と酒が飲みたい」
「昼間っから何言ってんですかこのアル中。神田は僕と食事をするんです」
「いや、俺は鍛錬に行こうと…」
いつもの師弟喧嘩に自分を巻き込まないでほしいと、変なところで鈍い神田がため息混じりに呟くと…
「あれっ、ユーウー!帰ってたんさ?久々に手合わせでも――…」
ギロリ。
最恐の師弟に同時に睨まれ、竦み上がる哀れな兎が一匹。
「あ?ラビか。良いぜ、丁度鍛錬に行くとこだったからな…手合わせしてや、」
「いっ、いいや、やっぱ今度にしとくさっ!な?また今度相手してくれよっ」
「は…?おい、ラビ?」
自分から誘って来たくせにそそくさと去って行ってしまったラビに、神田は首を傾げる。
「なんなんだ?アイツ…」
「きっとお腹でも痛くなったんですよ。ねぇ神田、僕と食堂に行きましょう?」
「行かねェ。メシならさっき食った」
悪気も無くサラリと断る神田に、アレンは笑顔のまま表情を固めた。
くっと喉で笑ったクロスが、勝ち誇ったように神田の髪を一房手に取り口付ける。
「ならユウ、さっさとオレの部屋に」
「行きません。昼間から酒はちょっと…」
ピシリ。固まるクロスに、堪らず吹き出すアレン。
「それじゃあ…」
クロスの手からスルリと抜け、ぺこりと一礼してから背を向けて立ち去って行く神田。
未だ腹を抱えてくっくと笑っているアレンへ、クロスはゆっくりとした動作で近付いた。
「ふっ、くく…師匠でも神田の鈍感さには敵わないんですね…」
「おい、馬鹿弟子…」
「なんです…ぁ、」
八つ当たり。
アレンの悲鳴が、教団の廊下に響いた。
*
日も沈み、月明かりが廊下を仄かに照らす頃。
神田はクロスの部屋の前に立ち、控えめにノックをした。
短い返事の後に扉を開き、中に入ればムスッとした表情のクロスが目に入る。
無言で手招きをされ、神田はゆっくりと傍へ寄った。
伸ばされた腕に素直に収まり、背後から抱き締められる形で足の間に座る。首筋に掛かる吐息が、くすぐったかった。
「…さっき、モヤシに会った。あんた八つ当たりしたんだって?」
「…誰の所為だと思ってやがる?」
ぎゅうと抱き締める腕の力が強くなり、神田は息を吐く。
いつもは自分を子供扱いばかりするくせに、あんただって十分子供みたいじゃないかと思う。
「昼間から溜まってた分、今夜は存分に楽しませてもらうから覚悟しとけよ。ユウ」
「…お手柔らかに…」
噛み付くようにキスをするクロスは、知らないのだ。
神田が、久しぶりに会えたことで上がってしまった熱を、鍛錬で冷ましていたなんて。
抑え切れなくなりそうな欲を、必死に堪えていたなんて。
(昼間っから誘うなんて、出来るか…)
クロスの下心ある誘いに気付いていなかったのは、神田も同じなのだけど。
あなたでいっぱい。
(頭の中は、いつだって。)
(どちらを選ぶかって?)
(そんなの決まっているじゃないか。)