都の一角。
 異国からやって来た商人の住まうその辺りに、大名の上屋敷と見比べても何一つ見劣りしない屋敷がある。
 主が異郷の人間である為か、日本の伝統的な造りでありながら、それとなく西洋の趣を取り入れた屋敷。
 今は其処で、薄茶の髪の侍女――――――名はコレットという――――――が一人声を張り上げている。

「ラビ様! ラビ様、何処にいらっしゃいますか!?」

 彼女は主人の命で、総領息子を探しに来た。
 懸命に探すも余りに広すぎる屋敷の中の事。あれだけ目立つ存在でありながら、何処にも見当たらない。
 主の叱責を怖れる余り、その両の目にはぷっくりと一つずつ玉のような涙を浮かべていた。
 遂には顔を覆って泣き出してしまった彼女に、何時も通りの声が掛かる。

「ん〜、ここさね。あはは、ごめんごめん」
「っ、ラビ様!」

 燃えるような赤い髪に、緑玉のような一つだけの瞳。
 世界中の様々な血を取り入れてきた一族ならではの、何処にいても馴染むようで馴染まない不思議な雰囲気だ。
 この家、ブックマン家の現当主のたった一人の孫息子にして、夭折した父に代わり総領でもある、ラビだ。
 軽い調子で手を振る彼に、少女は安堵の溜息を漏らす。

「もう、ラビ様…………隠れ鬼でしたらお暇な時にお願いいたします」  
「はは、違いねぇさ。…………で、ジジイは何だって?」
「ラビ様、旦那様にそのお言葉遣いはお改め下さいませ! お話は旦那様からお伺いでは?」
「ん〜? いや…………何も聞いてないさ」

 僅かに目を細めてからそう応えるラビに、コレットは微かに目を見張る。
 
「あら…………? 私、てっきりとうにお話は…………」

 ラビが「知らない」というなら嘘偽りでもない限り確実にそれは話されていない事。
 
「大事なお話ですのに…………」
「…………大事?」

 不穏なその台詞にラビが眉根を寄せた。

「何それ、コレット。どういう話さ?」
「ええ、今日は都のさるお大名のお姫様と…………」 
「コレット、ジジイによろしくっ!!」

 コレットの言葉が終わらぬ内に、ラビは駆け出していた。
 一瞬ぽかんと目を見開いたコレットが、慌てて叫ぶ。

「ラビ様っ、お待ちくださっ…………!!」

 ラビは一陣の風のように見事な庭園を掛け抜け、一路門へと向かい――――――そしてその走りは唐突に止められた。勢いを殺しきれずに、衣服が首を絞める。

「うげっ!?」

 何事かと慌てて振り返れば、其処には針が一本。門の柱に、ラビの上着の裾を縫い止めるような形で刺さっている。その針を見たラビの顔色は青くなった。
 慌てて抜こうと手を伸ばせば、そこに銀色の光が走り――――――袖口が、縫いとめられた。

「何をやっとるか」

 呆れたような声。
 恐る恐るラビが振り向けば――――――其処には屈強な使用人を四人ばかり従えた、目の周りに黒い化粧を施し異国風の装束を纏う小柄な老人がいた。
 ――――――世界中を駆け巡る商人の一族、ブックマン一族の現当主。要するに、ラビの祖父がいた。

「こんな事になろうと思っておったんじゃ」

 軽く祖父が手を上げると控えていた使用人達がバラバラとやってきて、針を抜く。
 そして「失礼いたします」と言いながらラビの手を布で縛り上げた。

「くっそジジイ、何しやがるんさ!!」
「決まっておるだろう、あちらのお家老がお出でになる前にその身なり、どうにかせい」 

 …………本来ならばこちらから出向かねばならないお身の上だ。丁重に持て成せ。

 使用人達に運ばれていくラビの耳には、そんな祖父の言葉が聞こえた。




<続>


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