「――――――は〜、あーあ…………」

 溜息も出ようというものだ。
 本日二回目の風呂。
 一回目のように使用人達に見張られる事も無く、のんびりと凝り固まった肩を解す。
 今日は散々だった、とラビは思う。
 昼間、いい天気だと外で昼寝していたら侍女の叫び声で叩き起こされ、かと思えばジジイに不意打ちされ――――――。
 挙句の果てには、偉そうなおっさんと延々顔を突き合せる羽目になった。
 
 予想通りだったが、某藩のご家老とやらが持ってきたのは見合い話だった。
 ブックマン一族にかなりの借金のある藩だ。財政が余程苦しいのだろう。
 ちなみに勿論というか、当然というか…………正当なる奥方を母にする姫君ではなく、藩主が「うっかり」手を出して身籠らせてしまった、ようするに下女か 何かを母に持つ娘らしい。当然だろう。いかに裕福であろうが、藩の姫君を商人に嫁がせようなどという酔狂な大名はいない。そんな事が他に知れれば家名に傷 が付く。

 ――――――で、結論はといえば、お断りだ。

 これはラビの希望というだけではなく、一族当主たる祖父の意思でもある。
 今更、多額の金を貸してやっている藩から娘を貰う意味が無い。利点がないのだ、その婚姻では。
 既に「貸し」は十分に貸している。この上「娘をくれてやったのだ」などと言われては面倒この上ない。 
 
 ――――――最も、身分はあちらが遥かに上だ。実際にはあちらから断りを入れるように色々工作しなくてはならないだろうが。

 そんな事は祖父がどうにかする事であって、ラビには関係がない事だった。
 …………しかしまぁ、僥倖だ。祖父がこの縁談にいい顔をしなかった事は。

 ――――――日本人の女は、嫌いだ。 

 昔の嫌な記憶を揺り動かされたラビは眉根を寄せて湯の表面を叩いた。
 ばしゃん、と音がする。

 ブックマンの一族は商人の一族であると同時に世界中の事実を記す歴史を綴る一族でもある。
 血族の特徴として飛び抜けて記憶力が高い事が上げられる。その直系であり次期当主である自分自身も、また然り。

 忘れられないのだ、どんなに忘れたいと願っても。

 美しい少女との記憶も、そして其の後の裏切りも。
 けして――――――忘れられないのだ。





<続>



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