「それで、今日はどういったご用件でしょうか? ブックマン家の跡取り殿」
「跡取り殿はやめてくれよ、ラビで構わんさ」

 通された所は陽の差し込むテラス。
 促されて席に着くなり西洋の仕着せを纏った使用人達が手際良く茶と菓子を並べていく。
 供のダグは先程「お供の方は此方に」と別室に連れて行かれたところだ。
 先ずは紅茶を一口飲んで、当たり障り無くそれを褒める。

「流石はマリアン家の物、ってところさね」
「お褒めに預かり光栄です、ラビ」

 相変わらず相手の瞳に油断は無い。
 これは思ったより難しい相手…………と今更ながらに思った。
 無言で腹の探りあいをした所で何か分かる相手ではなし。
 ならば、と思い切って口火を切った。

「聞きたい事があるんさ。…………そちらさんの贔屓にしてる、ある娼妓の事なんだけど」

 相対する相手の紅い瞳がすっ、と細められた。

「桜雪楼の筆頭太夫。妓名は蓮宮、本名は神田ユウ。元は旗本の姫で九年前に楼に入ってる」
「…………。其処までご存知なら何を聞きたいと?」

 ああ、やっぱり。
 瞳に厳しい警戒の色が浮かんだ。

「――――――俺は、彼女が楼に入った経緯を知りたい。何処をどう調べても彼女の事は出てこない。まるで不自然なまでに――――――誰かが情報を隠匿してる」
「…………」

 無言でアレンは紅茶に口をつけて、溜息交じりのような声を出した。

「それで、それを知って貴方はどうするつもりですか?」
「俺には責任がある、知らなきゃいけない」
「それは貴方の勝手な思い込みでは?」

 手厳しい言葉に瞬間詰まる。

「もう一度聞きます、ラビ。貴方はそれを知って、どうするつもりですか?」
「…………、」

 視線が、揺れる。
 知って、その先は?

「…………助け出す」
「……………………」

 ふー、と。
 アレンは、今度ははっきり分かるように溜息を付いた。

「…………?」
「無理ですよ、ラビ。貴方では」
「っ、何でっ」

 そんな事が分かる!?
 瞬間激しかけた俺は、続くアレンの言葉に声を失った。

「身請けするには莫大な金額。連れ出したところで上に知られれば即座に捕らわれて処刑される彼女を、どうやって貴方個人が助けると? 仮に出来たとしても貴方のお祖父様、ブックマン殿がそのような事を許すのですか?」
「――――――え」
「ブックマン一族は血と利の為にしか動かない。有名ですね、貴方達のその姿勢。ああ、勘違いしないで下さい。馬鹿にしている訳じゃありません。…………けれど」

 紅い瞳が冷ややかな色を宿す。
 
「それが貴方の一族に果たして何の利が?」
「…………っ、俺はっ…………!」
「ああ、それと。先程の続きですが。彼女の情報を全て消したのは僕らではありません。――――――誰だと思います?」

 何が、…………何が、いいたい?

「言い方を変えましょう、神田の一族縁者は罪人として死罪にされました。男だけではなく、女性も子供ですらも。――――――さて、彼女が生きていて都合の悪い人間はいますよね。神田の血族を消したその張本人。では生きていると知られると不味いのは――――――」

 歌うかのようにアレンは指折り数えて見せてから、目を閉じた。

「その彼女に縁があった人間――――――」
「――――――っ!!」

 どくんっ、と。 
 心臓が悲鳴を上げた。
 おかしいとは思っていた。
 存在しなかった大名家とユウの縁談。俺が聞かされた、俺達の縁談が破談になった理由。
 
 それを俺に聞かせたのは――――――。

「じじいっ…………!!」

 知っていたんだ、全て知っていた!
 知れば俺が黙っていられないと知っていたからこそ、嘘偽りを――――――!!


「…………お気の毒に、その様子では貴方は何も知らなかったんですね」 

 心底哀れむように、アレンが言った。

「けれど貴方のお祖父様が間違っていたとは簡単には言えませんよ。神田の一族は皆殺し。…………運良く難を逃れたのは、判決の下る前に離縁されて実家に戻された奥方と、奥方に引き取られた一人娘。その奥方は追及の手が伸びる前にとある異国の商人に再嫁して――――――」

 娘の方は、色里へ――――――
 本名ではなく妓名で呼ばれる色里は、女達の過去を問わない。
 故に昔から追われる身の娘達は、色里へ逃げ込んだ。
 そこがけして逃れられない鳥篭と知りながら。

「彼女の許婚と知られれば貴方自身も、貴方の一族も危うかったのかもしれない。まだ幼い貴方に、その事実が余りにも酷だと――――――」
「それでもっ…………」

 それでも。
 それでも、知っていたかった。
 
 ――――――あの瞬間、ユウは俺をどう思っただろう?
 
 手酷い事を、した。
 堅く目を閉じて激情をやり過ごす。

「――――――俺は、知らなきゃいけなかったんだ…………」

 別れ際の色の無い死んだ様な眼差し。
 あんな目をさせるつもりじゃなかった。させてはいけなかった。
 ――――――だから、俺は…………

「必ず、助けるっ…………!」









「姉様、ミック卿がお待ちでございます」
「…………ああ、今行く」

 いつも以上に化粧をする腕が重い。
 紅を刷くだけに半刻を費やし、のろのろと簪を挿し。
 ようやっと客の前に現れる出で立ちになったのはかなりの時間が経ってから。

「――――――蓮宮太夫にございます」

 禿の先導にて客と引き合わされる。
 何時も何処か何かを面白がるような笑みを貼り付けた男は、今日もいつも通り、笑っていた。
 視界の端では彼の好む香が、香炉より細い煙を上げている。

「やぁ、焦らせるね」
「申し訳ございません」

 謝罪の言葉が空々しく響く。
 しかし気にした様子もなくミック卿は、当然のように俺を抱き寄せた。
 
「アレは気に入ってもらえたかな?」
「――――――美しい蝶でございました。されど蝶は空を舞うもの…………あのように籠めては生きられぬでしょう」

 耳元への囁きに俺は憮然として返す。
 しかし俺の返事にミック卿はくつくつと笑うばかり。
 ちゃり…………という音に視線を落とせば、相手の手の中には金色の鍵が一つ。
 態々見せ付けるその思惑に予想通りと目を細め、

「っ…………!」

 手荒に蒲団の上へと押し倒され瞬間息が詰まる。
 
「俺を満足させてごらん、お姫様。もし出来たらこれをやるよ」

 その言葉の残酷な意図に、目を閉じて。
 

 後は唯、娼妓と客。
 一夜の夢となるべく、相手の思うがままに抱かれた。




<続>



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