酷く落ち着かない。
前回も確かにそうだったけれど、今回も勝るとも劣らない位に緊張している。
――――――桜雪楼。
先日訪れた其処を、今一度訪れた。
目的は、当然――――――…………
「蓮宮太夫にございます」
前回同様の先触れがあり、そして姿を現した彼女は瞬間顔を曇らせた。
けれどそれは一瞬の事ですぐ取り繕い、何の表情も浮かべずに硬質な視線を向ける。
禿の少女が去り、しばらくの沈黙を経て俺は声を上げた。
「――――――ユウ…………」
それが最早彼女の真名である事は疑いようの無い事実で、其処まで取り繕うつもりはないのか微かにそれに答えるようにして視線を上げた。
「ユウ、ユウっ…………!!」
名を呼べば呼ぶほど、こみ上げてくる感情を抑えきれずに、思わず彼女を抱き寄せた。
彼女は抗わず、この腕の中。
子供の頃とは違う、香の香りがした。
「ユウっ、ごめん、ごめんっ…………俺、何も知らなく、て!」
「…………」
「知らなかったんだ、ユウが辛い思いしてる、って…………知らなく、て、勘違い、して…………!!」
…………謝りたい。
最初に、すべき事はそれだった。
だから此処に来るまで、彼女に逢うまで、必死で言いたい事を頭の中で整理していたはずなのに、けれど実際彼女を眼にしたらそんな事は全て飛んだ。
情けなく、涙交じりの声で叫ぶような嗚咽を漏らす事しか出来なくて。
「――――――知っている」
そんな俺に、ユウが静かに答えた。
「…………アイツが言っていた。お前は本当に何も知らなかったのだと」
『義姉さん、彼は――――――本当に何も知らなかったんです』
つい昨日、訪れたアレンがそう言った。
『だからどうか、彼を――――――』
ああ、だけどそれはアイツの勘違いだ。
俺は別に、誰も恨んじゃいなかった。
ラビの事、だって。
俺は恨んだんじゃなくて、諦めたんだ。全部。
「お前が気にする事など何も無い。俺が此処にいるのは神田の事情。お前の所為じゃない」
一片たりとも、お前に落ち度があった訳じゃない。
致し方ない事だ。
「だから、分かったから――――――もう俺の事に首を突っ込むな」
「――――――!」
そう言い聞かせるように言うと、ラビが顔を跳ね上げた。
微かに濡れた緑の輝きに瞬間息を呑む。けれど気圧されない様に必死で繕って続けた。
「忘れちまえよ、全部。その方が楽だ」
俺は、どう足掻いても此処から逃げ出していい身分じゃなかった。
上に知られれば俺は捕縛される身。捕まれば、待っているのは死のみ。
此処での暮らしと死ぬの、どちらがマシかなんて俺には分からなかったけれど。
「ガキの頃の事も、俺に此処で会った事も忘れればいい。――――――それで綺麗な嫁さん貰ってガキをこさえて、幸せに暮らせ」
俺はもうそこにはいられなかった、から。
「お前はこんなトコに来ちゃいけない」
もう、誰かを巻き込むのは嫌なんだ。
俺が売られた後、御祖父様や伯父上達がどうなったか、俺は知っていた。俺と、母上が帰ったから。頼ったからだ。
アレン達も、――――――ラビも。
もう、俺は誰も巻き込みたくない。
いいんだ、もう。だから――――――
「もう、放っておいてくれ――――――」
<続>
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