言われるがままに爪弾く筝曲は失われた愛を歌った物。
 妓楼で奏でるのには余りにも似つかわしくないそれを、無言で弾き続ける。
 客の紫煙が目と喉に痛んだ。
 珍しく来て早々に床に入る事も無く、曲を所望された。
 どういうつもりと胸の一部かチリ、と不安に焦げる。
 何本目かの煙草に火をつけたミック卿は、何でもない天気の話でもするように、突然切り出した。
 
「弟なんていたんだね、ユウ?」
「――――――!」

 その言葉に最初に浮かんだのはまだ幼さを残す白い髪の少年。
 突如掛けられた声に、俺は臓腑が凍りつくような心地を味わった。
 どうして、それを、

 この男が知っている――――――!?

 最も知られてはいけない相手の筈だ、この男はあの千年伯爵の身内。
 それが伯爵に知られれば――――――!!

 ばっ、と振り仰げば何時も通りの面白がっているような笑顔。
 けれど眼差しは氷の様に冷たい。

「あ…………、」

 カタカタと、躰が震え出した。
 肩を強く掴んでもそれが止められない。 

「やめて、くれ…………」

 知らず、この口が哀願の言葉を口にする。

「それだけはっ…………!!」

 一番怖かった事。
 それが現実になった。

「――――――俺に、出来る事なり差し出せるものがあるならば何でもしよう、だからそれだけは…………!!」 
「じゃあ、あの人には黙っといてやるよ。――――――代わりに、ユウの身体も心も、全部俺に頂戴?」

 まるで子供の様な、無邪気を装った言葉だった。
 全てが、最後此処へ持ってきたかったのだろうと、それは分かる。
 けれど、それに応じない事など出来はしない。 
 それでも心の奥底が、痛んだ。

(ラビ、…………ごめん)

 また、約束を破ってしまった。

 そうして堕ちたミック卿の腕の中で、俺はラビへ詫びて――――――そして意識が、闇に堕ちた。








「弟なんていたんだね、ユウ?」

 わざとらしい調子でそう言えば、背を向けていた彼女が勢い良く振り向いた。
 …………嘘偽りが得意な筈の娼妓の中では、やはり異端。

「あ…………、」

 見る見るうちに表情が蒼褪め、震え出した。
 そんな彼女の様子に、俺は昏い喜びを感じる。
 齎された報告の中の名前。
 彼女の義弟。
 ――――――自分の所為で誰かが害される事を酷く怖れる彼女なら。

「やめて、くれ…………それだけはっ…………!!」

 うわ言めいたその言葉に、笑顔を返した。
 弟がいたなんて、とそう言っただけなのに早くも意図を読んだ、その鋭さには敬服するけれど。

「――――――俺に、出来る事なり差し出せるものがあるならば何でもしよう、だからそれだけは…………!!」

 くつり、と堪え切れず笑みが零れた。
 ああ、やっぱり。
 
「じゃあ、あの人には黙っといてやるよ。――――――代わりに、ユウの身体も心も、全部俺に頂戴?」

 そう言うと、彼女は一瞬痛みを堪えるような顔をしてから、小さく頷いた。
 それを了解ととった俺は、彼女を抱き寄せた――――――。




<続>



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