「…………う、」
身体が、冷たい。
まるで底無しの沼に沈んでいく様だ。
視界の隅で香炉が煙を上げている。
「…………あ、ぅ…………?」
助けを呼ぼうと声を上げかけて、しかしそれが言葉にならない事に目を見開く。
「動こうとしない方がいいよ? 動けないんだから」
ミック卿は平然と言うと、褥の上で伏せたままの俺の顎を掴む。
仰がされた先で、ミック卿が小さな丸薬のような物を持っている事に気が付いた。
けれど視線は揺れるばかりで何故か上手く焦点が合わない。
「…………ねぇ、ユウはこれなにか知ってる?」
「…………、」
「って、知らないよな? ユウはこういうの、好きそうじゃないしな」
知らないと、最初から知っていたのだろう。
「これはね、阿片。俺ん所の売り物だよ。精製して濃度を上げてあるんだけど…………そんな事はユウには分からないか」
「―――――――!」
阿片は人を狂わす悪魔の薬だ。此所桜雪楼では固く禁じられているけれど、他の、特に格式の低い安価な楼では娼妓に客を取らせるためにわざと阿片狂いにさせる事もあるという。
―――――――阿片に狂い骨と皮だけの見るも無惨な姿になり、最期には亡骸となって河に浮かんだ女達を、何人か見た。
「―――――――あ…………!?」
「大丈夫だよ、ユウ。正気を喪ったら、ちゃんと此所から引き取るから」
―――――――そして後は容姿を損なわない程度に阿片漬けにして、飼ってあげる、と。
吹き込まれた言葉に、背筋が凍る。
「全部忘れて、そしたら…………俺を受け入れてくれるのかな?」
気持ちが悪い。吐きそうだ。
寒くて、だけど暑い。
身体が、動かない。
「…………いいカオになってきたね」
面白そうに囁いたミック卿の掌が、打掛の合わせ目から肌に直接触れる。
けれど今更、最早拒む手立ても何も無くて…………
「…………一生、極上の悪夢を魅せてやるよ」
小さな呟きが聞こえたのを最後に、俺は意識を手放した。瞬間に、紅い面影を想い浮かべながら―――――――
<続>
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