後方からの襲撃者に、ティキの意識が一瞬反れた。

「ユウっ!!」
「! チッ」

 そこに夢中で飛び付いた。
 ティキの手の剃刀が俺の髪と頬を掠めていく。
 けれどそんな痛み、今の俺には何の関係もない!
 
「っ、ユウを、放せっ…………!」

 剃刀を持つ手を無理矢理押さえつけながら俺はティキを叫んで睨み付けた。
 奴の目が、近い。
 力任せに押し合い揉み合って――――――俺は、ついに奴の手から剃刀を奪った。
 その瞬間、アレンが駆け寄ってユウをティキから奪い去る。

「――――――!」

 その瞬間、ティキの目に、形容し難い色が走った。
 
「そこまでだ」

 襲撃者が、銃口をティキの頭に押し付けながら言い放った。
 …………大柄な男だ。
 仮面を付けた、紅毛の――――――

「師匠!」

 アレンの声で、この男がクロス・マリアンなのだと分かった。

「ガキ共だけに任せておけんからな」

 クロスの視線がす、と俺に注がれる。

「…………ブックマンの所の若造か」
「、」

 若造呼ばわりにも、不思議と腹は立たなかった。
 見ただけで、余りにも格上の相手と、そう知れたからだ。
 
「…………誰かと思えば、マリアンの旦那か。…………うちを敵に回すつもり?」
「なら貴方は『此処』とお上を敵に回すおつもりかしら」

 女の鋭い声に振り向く。
 其処には、若衆を引き連れた金蘭太夫。

「色里で悪薬の類を売買した者、或いは吸引せし者は官吏の許し無く此れを斬首できる――――――」
「…………という事だ」

 昔から権力者達の寵を受けてきたこの街には、他の街には許されていない自治権がいくつかある。代表的なものが、独自の捕縛、裁判権。
 色里では独自の守り役を置き、中での客の喧嘩や違法行為は、その者達にその処罰の権限を与えられている――――――。
 武士、貴族の類でも、それは一緒だ。そもそも色街の大門を一度潜ったならば外での官位地位など全く関係が無いのだから。
 そして、一度色里の中で罪を犯したならば、彼らの追求は街の外でも緩むことは無い。
 
「――――――…………、」

 ティキが諦めたように項垂れ。
 金蘭太夫の連れてきた若衆に彼は連れて行かれた――――――。

「義姉さんっ…………!」
「、ユウがっ…………!」
 
 俺は思わずクロスを見上げる。 
 クロスはユウを抱きかかえるアレンの前に座り、ユウに触れた。
 
「急性の中毒か…………命に別条はねぇな。…………大丈夫だ、知り合いに腕の良い医者がいる」

 命には、別条が無い。
 そう聞いて、俺の体から少し力が抜けた。

「最も完全に神経を元通りにするのは本人の気力と努力もいるがな。…………こいつなら大丈夫だろう」
「人をやりましょう。すぐに診せた方がいいんでしょう?」
「楼主の許しはいらんのか」
「私を誰だとお思い?」
 
 金蘭太夫が踵を返し、階下に声を掛けた。 
 その間にクロスが薄い掛蒲団でユウの体を包む。

「ティキは…………あいつ、斬られるのか?」
「いや、あれをダシに千年伯爵に脅しを掛ける。…………陽の下を歩けるようにするためには奴の出した命を撤回させにゃならん」
 
 そっと覗き込んだユウはその瞳を閉じていた。
 ティキが付けた首の傷が痛ましくて、俺はその傷をそっと撫でる。 
 
「…………お前らにしちゃ、良くやった」

 クロスがそう言いながらユウを抱き上げた。
 
「あとは任せとけ。俺達の領分だ」

 力強く、頼もしい言葉。
 彼らが階下に下りていく背を見届けて、俺は溜息をついてアレンと顔を見合わせた。

「…………師匠が来てくれて、良かったです」

 ぽつん、とアレンが呟いた。
 
「…………僕じゃ、全然話にならなかった…………」

 それは、同感だった。
 全く叶わない、力不足。

「…………俺も、大して役に立っちゃないさ。…………だから、今度は」

 ちゃんと、守れるように。
 強くなろう。

 彼女が陽の元へ戻ってくる、その時には――――――。  



<続>



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