異人商人街の一角。
自分の屋敷の自分の部屋で、ラビはダグと向かい合っていた。
ラビの手の中には、白い紙が3枚程。いずれも細かい字でびっしりと何か書き込まれている。
「桜雪楼の蓮宮太夫について調べがついたのはそこまででした」
「…………うん、ありがとさ」
ダグはその洞察力と観察力を買われたブックマン一族の目ともなる探索部隊だ。
そのダグの能力は彼らの中でも高いほうと、ラビも買っている。
たった数時間で此処まで調べが付いたのなら中々だ。
「うん、ダグ。また聞きたい事があったら頼むから」
「分かりました、では失礼致します」
丁寧に頭を下げるダグが去ってから。
ラビはゆっくりと文に視線を送った。
桜雪楼の蓮宮太夫。
――――――8年前禿として店に出始め、早くもその美貌で話題となり、その翌年に11歳で水揚げされ娼妓となってからはあっという間に太夫に上り詰めたのだという。
ただし太夫とは言っても然程客が多い訳ではなく、一部の客がやたらと金を落としていった結果らしい。
芸と話は良くは無いが教養はなかなか、漢詩を良くするらしい。それよりもむしろけして屈しない潔さと強さを愛されている――――――と。
しかしそれだけで太夫まで上り詰めたとは…………余程のお大尽が旦那としてついたという事か。
代表的な旦那衆の名には唐人では都一の画家、さる貴族の息子、そして自分自身面識のある、ブックマン一族との取引のある商人親子の名が綴られていた。
そして彼女の人柄の噂、彼女付きの禿や振袖新造の名などが書かれ――――――
結局、ラビの知りたいところは短く終わっていた。
桜雪楼には女衒によって売られてきており、それ以前の出自は不明。その女衒も数年前に死んでおり、これより以前については本人も周囲に語る事が無い為、一切不明。
「…………不明、か」
一番知りたかったところは、分からず仕舞い。
しかしダグを責める訳にもいかないだろう、これだけ調べがついたのだから。
実の所、ラビの疑念を確かめる術は簡単だった。
自分自身で桜雪楼まで出向いて、彼女を買えばいい。
床入りまで三夜は要し、けして安くは無い金が掛かるがそれとて然程の手間ではない。そう、実際は十分可能なのだ。だが。
――――――分からなかった。
この疑念が、当たっていて欲しいのか、外れていて欲しいのか。
外れていたならば、あの美しい太夫に何をしでかすか分からない自分がいる。其れほどまでに、彼女は「彼女」に似ていた。
だが、果たして当たっていたならば?
当たっていたならば、其の時は――――――。
「…………そんな訳、ないさ…………」
そう、そんな事あっていい筈は無い。
彼女は将軍家と縁の深い大名家に嫁いだ筈だ。
そんな所の奥方が、花街で色を売るなど、あっていい筈がない。
かつて己の許婚であった、己を裏切って余所に嫁いだ。少女。
蓮宮太夫は恐ろしいほどに、彼女と、いやむしろあの少女よりもその母に似ていた。経た年月を考えれば其れは妥当だ。
そんな筈、ある訳が無い。
そんな筈、けしてあっていい訳がない。絶対に。
そうでなければ、其の時は――――――あの怒りと、悲しみは一体なんだったというのだろう。
「…………は、何でだよ…………」
蓮宮という名前は本名ではなく、彼女が愛した花が蓮であったからだという。
「彼女」も、幼い頃の婚約者もその花をこよなく愛していた。
幼い頃の自分は、結婚を約した彼女に蓮の花を描いた絹と扇子を贈った。
結局、それは蛻の殻となった彼女の屋敷で、引き裂かれ打ち捨てられていたけれど。
どうして、どうしてこんなにも…………共通点がある?
酷く曖昧で重い手つきで、ラビは手近な鈴を振った。下がらせたばかりのダグには悪いが、今一度、今夜。
花街へ。
「…………」
夢を、見ていた。
幼い頃の夢。
幸せだった頃の、夢。
ふ、と瞼を開ける。
閉じられた障子に日が透けて、部屋には格子模様が浮かび上がっていた。
これを見るたびに、嗚呼、自分は所詮囚われの囚人なのだという諦念ばかりが浮かび上がる。
上質の絹で出来た布団から身を起こす。解かれた髪が流れ落ちるようにして肩から零れた。
「……………………ああ、もう、か」
日は沈み始めている。
間も無く夜が来る。また。
そろそろ支度を始めねばなるまい。事に新しい禿は妙に手際が悪いのだ。髪を結わせるのに何時間掛かるやら…………。
手を伸ばして枕元に置いていた鈴を打ち鳴らすと、すぐに襖が開いて少女が一人顔を出した。
「御呼びしょうか? 蓮宮姉様」
<続>
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