不機嫌も露に、太夫の名に似つかわしくなく音を立てて歩けば周囲が萎縮するのがはっきりと分かった。
それでいい、今は誰にも何も言われたくもない。
ようやく息をつけたのは、自分が起居する私室についてから。
客前に出る衣装が皺になるなどと考える余裕もなく、そのままずるずると座り込んだ。
「…………何で今更、出て来るんだよっ…………!」
子供の頃ならいざ知らず、今最早アレは済んだ事の筈。
何故今更、その幻影が出てくるのだと血を吐くような思いで呪う。
勿論知っているだろう、知らぬはずが無い。此処で働く事の意味。生業としている事。
(…………、嗤いにでも来たのか)
それならば、納得も行く。
――――――恨んでは、いなかった。
幼い頃はただ嘆いて涙するだけだったけれど、やがて年月を経れば納得も行った。
かの一族にとって婚姻は血族の保持と利益の為。
なればいかに当事者であろうとも、子供達の思いなど全く考慮されないはずだ。
ああ、ならば仕方ないと、そう思った。
このまま記憶の彼方へ追いやっておきたかったのに。
それくらいなら望んでも致し方ないだろうと、自分でそう思っていたのに。
――――――これは、余りにも。
「…………残酷な、真似を…………」
呟いて、その場で唯、項垂れた。
誰もいない部屋で考えた。
あの太夫がユウではないかと最初に思った瞬間、俺は…………。
確かに憎んでいた。恨んでいた。どうして裏切ったのかと。
けれどきっと同じくらいの強さで、余所に嫁いだにしてもそこで幸せになっていて欲しいと、そう思っていた。
だから、動揺したんだ。
まだ、俺は何も知らない。
どうして彼女がこんな所にいるのか。
そして、知らなきゃいけない。
それが恐らく、俺に今できる唯一の。
俺はまだ、彼女を愛していた。
<続>
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