音を音として脳が認識した瞬間、はっ、として目が醒めた。
 瞬間予想したのは水辺に棲む魔物の襲撃。
 しかし、――――――目を見開き入ってきた光景を認識するとそれが勘違いである事が分かった。

 神田の姿が、無い。

 ラビも眠っている。ラビと交代して何処かに行ったのかそれともラビが番の最中に居眠り中なのかは分からないけれど。
 …………一人じゃ、危ないのに。

 いくら神田が強くたって、丸腰で魔物と渡り合うのは難しいだろう。
  
 僕は盾を持ち、茂みの向こうへと向かった。






「かん、」

 何処からか差し込む月明かりの元。
 彼は、其処にいた。

 頭上高く結い上げていた髪を解いて、腰まで水に浸かって。
 服の上からもそうと分かっていた華奢な体に、色白い肌。
 いや、だけど、何よりも僕の眼を惹き付けたのは、

 華奢な理由も自ずと知れた、同性にはけして有り得ない、控えめだけど柔らかな曲線の二つの膨らみ。

「――――――!」

 神田が、はっ、としてこちらを向いた。 胸を庇うようにしながら後退る。
 そして真正面から見えてしまったそれに、僕は――――――

「ごっ、ごごご、ごめんなさっ…………いっ…………!」

 …………最後まで言い切る前に、神田が水底から引っ掴んで全力投球した石を顔面に受け、意識を手放した。

 




「ッゴホ、ゲホ、ぐえっ!?」

 鼻と喉に鋭い痛みを感じて僕の意識はさっ、と戻った。というか、戻らされたというのが正しい。
 

 ぐんっ


 と同時に、首の辺りを引っ掴まれて無理矢理仰がされる。
 ぽたぽたと落ちる滴と、月を映す揺れる水面に、僕は自分が水責めにされていた事に気付いた。
 …………こんな事をするのは一人しかいない。

「うわっ」

 唐突に掴まれていた首を離され、反動で再度水の中に頭を突っ込む羽目になる。
 だけど今度はすぐに水から頭を上げ、そして背後を恐る恐る見上げた。
  
 いつの間にか(僕が気絶してた間にだろうけど)すっかり服を着込み、月をバックにそこに腕組みをしながら佇む神田からは無言の怒りのオーラが漂っていた。






 よくよく考えなくても、誰も誰一人として、神田を男だとは言っていない。
 勝手に僕がそう思い込んでいただけだ。
 僕は気付くべきだったんだ。

『行って来い。雑魚の気配なら見てなくてもすぐ分かる。…………そこの阿呆共も見張る』

 神田がリナリーに向けたあの台詞。
 同性である神田なら、もしもの時に、水浴び中のリナリーを庇いに行っても全く問題が無い。
 そういう意味だったんだ、あれは。

 …………失態だ、物凄い失態だ!!
 
 少なくともリナリーは絶対知ってるんだろう、ラビはどっちか…………良く分からない。
 
「す、すいませ…………覗くようなつもりじゃ…………」 
 
 …………うら若い女性の水浴びを覗きました、なんていう恥ずかしい性犯罪歴は付けたくない!

「…………チッ」

 土下座した僕の頭上に降ってきたのは鋭い舌打ち。

「本当にそんなつもりは…………」
「んな事は分かってる」
「…………え?」

 …………意外なその言葉に、僕は恐る恐る顔を上げた。

「…………よっぽどの物好きじゃなきゃこんな女かどうか分かんねーような奴の覗きなんかするか。…………が、」

 え、あの?
 神田…………?

「言い触らして見ろ。テメェの血の雨降らすぞ」

 …………怖!

 …………一点、気になる所が在る。僕はどうしても知りたかった。

「…………あの、神田? …………神田は、女性だって事隠してる…………んですか…………?」
「隠してるんじゃねぇ」

 はっきりと不愉快、と顔に書いた神田は吐き捨てる。

「だが勘違いしてる奴はごまんといる。その方が都合良いに決まってんだ」

 それを俗に隠してるって言いませんか?

「都合良い、って何に、ですか」

 そう訊くと、神田は察しの悪い奴だ、と言いたげな顔をした。

「何がって、決まってんだろ。…………態度が悪くて気に食わねぇ、仲間もいない女が一人でいたら、嫌がらせ代わりにお前ら野郎共がやることなんて一つだろ?」
「――――――!」


 その言葉に、思わず、

 僕は、息を呑んだ。


「…………そういう事が、あったんですか?」
「誰が大人しくヤられてやるか。全員返り討ちだ」

 その頼もしく彼女らしい言葉に僕はほっと胸を撫で下ろした。 

「世の中にはメスなら何でもいいっつー変態下衆野郎もいることだしな」
「…………それはちょっと違うと思いますけど…………」

 …………多分、これまで神田に不埒な真似をしようとした人達は、全員が全員神田が女の人だって分かっててやった訳じゃない、と思う。
 ――――――彼女の容姿は、性別など超越してしまうようなものだから。
 
「…………分かりました、誰にも言いふらしたりなんてしません。だけど一つ訂正させて下さい」

 僕は神田の前に立って、真正面から向き合った。

「野郎共、って。…………そんな、力ずくで女性に向かって酷い真似をするような人達と一緒にしないで下さい。――――――女性に向かって、護る為以外に力を使う男は最低です」
「…………覗きも性犯罪って知ってるか? お前」

 …………あうっ!

「あれは不可抗力ですっ!」
「分かってるっつってんだろ」

 面倒臭そうに溜息をついた神田は、踵を返した。

「神田、」
「後はテメェが火の番しやがれ。俺はもう寝る」

 一方的に言い置いて、神田は踵を返し…………


「…………おい、」
「あの、」


 だけど僕がそれを、彼女の腕を掴むことで邪魔をした。
 苛立ちにすっ、と細められた眼差しにびくん、と肩が勝手に震える。彼女は心底うんざりとばかりの溜息と共に、

「用がねぇならとっとと放せ。馴れ合うつもりはねぇっつってんだろ」

 そう言い捨てた。
 

 ―――――――ズキンッ


 どこかが、痛む。
 どうしてだろう。
 どうしてこんなに、胸が痛い?


 そして僕はその痛みに、



  突き 動かさ

 れるよう
        にして



「――――――たった今、用なら出来ました」
「あ?」

 

 彼女の驚愕に染まった瞳の色を、至近距離から眺めた。






「…………っていうか、アレン、一体何があったんさ?」
「いやぁ、あはは。ちょっと眠れなくてうろうろしてたらうっかり魔物と遭遇しちゃいまして」

 明け方。
 瀕死寸前までボコられた僕は、ラビにヒールを掛けて貰っていた。
 
 あの後、呆然としていた彼女に再度キスを――――――何が悪かったって多分舌入れたりしたことだろう――――――し。
 …………それで、正気に返った神田に、僕は盛大にボコボコにされた。
 いやでも、真っ赤な顔を…………いつもの無表情や人を馬鹿にしたような見下した表情以外の、可愛いのを拝めたんだから良しとしよう。

「…………棒でボコられたんさ?」
「そうなんですよー、いやこの辺の魔物は怖いですねアハハ」
「…………切り捨てられなくて良かったさね」
「ええ…………って、」

 ちょっと待って下さい? 今なんて?

 思わずラビを仰ぐと、呆れたような溜息と共に、

「…………あのさ、あれだけ騒いでて俺達が起きないとでも思ったんさ? 俺、仮にも冒険者なんだけど」

 …………ああっと!

「いや、最初から何であんな怖がられてる神田に近付くんだろうって思ってたけど、まさかそういうつもりだったとは…………アレン、お前、ほんっとーに怖いもの無しさね」
「あのぅ、ラビ。…………どの辺から聞いてたんですか?」
「…………多分、全部?」

 …………。
 やっ…………ちゃっ…………た…………。

「神田の方は俺達起きてたのに気付いてたみたいさ。戻ってきて、俺達に「忘れろ」っつって寝ちまったもん」
「…………」

 うわぁ…………。

「いやほんと怖かったんさ。殺気漂いまくりで。俺達お前殺されたかと思ったし」 

 ラビの顔にはきっぱりはっきり「呆れ・ました」と書いてある。

「まぁその調子なら全然心配要らなかったみたいだけどさ」


 ピンッ


「いたっ」

 ラビは軽く僕の額にデコピンした。
 思わず其処を手で覆うと、ラビが苦笑顔で、

「でもまぁ頑張るといーさ。俺達は応援するって。…………でもまぁ、取り合えずはサラマンドラ討伐な?」

 ―――――――そんな事を、言った。
 
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