獣の咆哮と血臭が辺りに満ちる。
 余りにも強大な敵の前。
 勝ち目は無い、すぐにそう悟った。
 けれど武士たる者が敵に背を向けられる筈も無し。
 既に師も、師兄も師姉も視界の片隅で動く事が無い。

「くそ…………!」

 左腕は折れて使い物にならない。
 だけど、まだ右がある。
 最早生きて戻る事など諦めた。
 後は一つでも多く敵に手傷を与える事に専念するのみ。

 右で愛刀を握り直し、敵に向き直る。
 飛び掛ろうとしたその瞬間、俺の耳には対峙した魔物以外の獣の咆哮が、近くで聞こえた。







「…………っ!?」
「ああ、気が付いたかい!?」

 意識が浮上し、最初に目に入ったのは高い天井。
 ついで嗅覚と聴覚が戻り、騒がしい声と薬品の匂いが分かった。

「…………コムイ?」

 まだどこか地に着かない感覚のまま、俺は視界に入った男の名を呼ぶ。

「良かった…………もう大丈夫だね」

 眼鏡の奥の双眸が安堵の色に染まっている。
 俺はせめて起き上がろうとして、手摺を掴んだ。
 体中どこもかしこも、痛む。

「ああっ、駄目だよ神田君! 君、肋骨も左腕も折れてるんだよ!?」
「この位が何だ…………、――――――!!」

 無理矢理起き上がり、そして唐突に思い出した。
 指先が、震える。

「…………おい、コムイ」
「え? 何?」

「――――――師匠達はどうなった」
「…………」

 コムイの表情が消えた。
 それだけで全てを悟った俺は拳をきつく握り締める。
 コムイが何か言う前に、他の人間が俺の問いに答えた。

「――――――助からなかった」

 狼のような獣を従えた、長い髪の男だ。

「私があの場に辿り着いた時点で、息があったのは君一人だけだった」

 感情を交えずに淡々と話す男に、沸々と感情が込み上げる。
 痛みすら忘れて、ベッドから飛び降りて駆け寄り、相手の頬を殴りつけた。

「何故だっ…………」
「…………」
「何故、邪魔をした!?」

 本当ならば。
 俺もあの場で散る筈だった。師らと共に。
 討ち死には武士の本懐だ。けして恥じるような事ではない。
 むしろ一人で生き残る様な事こそが、死にも勝る屈辱。
 唇を堅く噛み締めると、相手から平手で頬を打たれた。
 それがいっそ強ければ良かったのに、あくまでこちらの身を気遣っているとしか思えないような強さで…………

「君は確かにあの場で仲間と共に死にたかっただろう。けれどそれを君の仲間が望んでいたようにはとても思えなかった。だから君にとっては無粋の極みと知りつつ君を助けた」
「…………っ」
「少なくとも私が知るヤマトのリーダーとは、弟子の死を願うような人間では無かったよ。神田ユウ」
「っ!!」

 言葉が、一々痛かった。
 自分自身、分かっている。こんなのは、

「死に様に拘るのは君らの美学だろう、けれど生きて何かを成す事も重要ではないかな」

 こんなのは、八つ当たりだと――――――

「まずは躰を治す事だ。その後どうしたいか、もう一度考えればいいさ」

 慰めるように肩を押されて、何も言えなくなる。
 ―――――――不意に、身体の力が抜けた。

「おっと」
「ああっ、だから言ったのに! まだ傷は塞がってないんだ、早くベッドに戻りなさい!」

 崩れ掛けた身体を抱きかかえられ――――――俺は意識を失った…………
 

 


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