「サラマンドラ…………ですか?」
「ああ。八階辺りにいる奴でな」
酒場。
一日の探索を終えた僕らは、今日もお腹を満たす為に其処を訪れていた。
――――――あの初めてのキマイラとの遭遇から一月。
僕らも、三人であのキマイラを打ち倒せる程度には強くなった。
それでもまだまだだったけれど。
そして今、酒場のマスターに仕事の話をされていた。
「…………こいつは本来とてつもなく強い。それこそ二層に上がったばっかのお前さん達じゃ最初の一撃で全員お陀仏だろうな」
「じゃあ、どうして…………?」
「実はこいつの羽毛は万能薬の材料になってな。…………で、だ。この国の大公様が今病気で臥してるのは知ってるな? それで、一人娘の公女殿下がそれを聞きつけて…………自分で取りに行こうとしたんだ」
「あっ、危ないですよ!! お姫様でしょう!?」
「ああ。重臣一同揃って諌めに掛かったさ。何せ大公様の身に何かあったらその座を継がれる一人娘だ。今なんざ尚更んな危ねぇ真似させられねぇな。…………で、重臣が言ったんだ。冒険者に頼めばどうか、ってな」
マスターは腕組みしながら声を尚更低くした。
「危険なヤマだ。声掛ける奴は選んでる。…………実はこのヤマは、お前らだけじゃなくて後二つのギルドに声を掛けてあってな。ただそいつらは二つともギルドっつっても実質一人でやってるようなとこだから…………おっと、片方はそうでもねぇな。心強い狼がいたか」
お、狼?
「一つはベオウルフ。此処のリーダーはお前さんと同じパラディンの、フロースガルって奴だ。有名人だぜ」
「ああ、あの気の良い兄ちゃんさ? いっつも大きい狼連れてる…………」
「此処でも古参の、実力派のギルドよ」
リナリーが僕に教えてくれる。
「そう、そいつだ。後もう一人はお前さんらも確実に見た事ある奴だぜ。――――――そろそろ来る筈なんだが」
「此処にですか?」
「ああ。フロースガルの野郎は直接サラマンドラの住処に行くらしいから其処で合流する手筈になってる。で、だ。――――――このヤマ、受けるか? 正直トップクラスの実力派冒険者二人つけるっつっても危ない賭けだ。降りるにしても俺は何も言わねぇし、思わねぇ」
「「「…………」」」
僕ら三人は無言で顔を見合わせて――――――頷いた。
「やります。――――――やってみせます」
「そうか。…………お前らならそう言うと思ってたぜ」
ニッ、とマスターが笑う。
そんな時だった。酒場が騒がしくなったのは。
「――――――おい」
不機嫌な低い声。
聞き覚えのあるその声に、心臓が跳ね上がった。
「よぉ! 待ってたぜ」
「――――――まさかそいつらがお前の言ってた同行の奴じゃねぇだろうな」
「そのまさかだ。やーお前さんも勘が鋭いな」
「ふざけんな、足手纏いの新人なんぞ連れて歩けるか」
不遜な苛立ちを含んだ声。
…………僕は余りの事に、振り向く事すら出来なかった。
「まぁそう言うな。これでもこいつら中々やるんだぜ? 三人でキマイラ相手に勝てるんだからな」
「――――――あ?」
「最近来たギルドん中じゃ一番早く二層に上がってる。しかもたった三人で、だ。お前さんとフロースガル、こいつら三人で中々いいPTだと思うがな」
リナリーとラビが、振り向いて彼に何か言っている。だけどその内容は耳に入らなくて、
「――――――くたばらない位には強くなったのか、新人」
その言葉だけが僕に向かって放り投げられたもののようで。
「――――――ええ」
挑戦的なその言葉に、僕は振り向いて答えた。
漆黒の視線が、僕を射抜いた。
僕らは四人、カウンター席に腰掛けてカウンターの中のマスターに説明を受けていた。
「出立は明日。一日がかりで八階まで上って、お前さんらは四人でサラマンドラのとこに向かってくれ。現地でフロースガルがスタンバイしてる。決行は明後日の朝だ」
「…………あの、フロースガルさんは大丈夫なんですか? 一人で…………」
「馬鹿か。あの人が二層程度の雑魚に梃子摺るか」
僕の発言は神田にばっさり切り捨てられた。
「馬鹿は言い過ぎだが…………あいつは一人と一匹で二十階まで上がれる。そんくらい力をもった奴だって事だ。そういやぁ神田、お前はどの辺まで行った?」
二十…………。凄い、遠い遠い先の話だ…………。
「…………十四」
「はは、一人でそれだけ行けりゃあ大したもんだ。――――――じゃあ、明日は宜しくな。神田、仲良くやれよ?」
「…………ちっ」
神田は不機嫌そうに舌打ちして、椅子から降りた。
「おい」
「は、はい?」
「時間は」
神田が不機嫌そうに僕に訊いて来た。
「じ、時間?」
「集合時間に決まってんだろうが! てめぇの頭は飾りかモヤシ野郎!!」
飾っ…………モヤシ!?
「六時に世界樹の入り口前で。…………アレン、それでいいさ?」
慌ててラビが答えた。
…………何でこの人こんなに怒りっぽいんだ!?
「…………お前がリーダーか? お前、「エトランジュ」にいた奴だろ」
「はは、は。高名な「ヤマト」のあんたに名前覚えられてるってのは光栄さね。…………ラビさ。…………因みにリーダーはあっち」
ラビが僕を指差して――――――神田は眉を跳ね上げた。
「…………あ?」
…………すいませんね! 頼りにならないギルドマスターで!!
「…………」
神田は溜息をついて、踵を返した。
彼を見てはひそひそと囁き交わす酒場の中を突っ切ってさっさと出て行く。
「はは、悪ぃな。…………あいつも悪い奴じゃねえんだが。ちょっとばかり人見知りが過ぎる奴でな」
人見知り…………ってレベル? あれが?
――――――大体、
「悪い人じゃないってのは、知ってます」
僕がそう答えると、マスターは意外そうな顔をした。
「何だ? お前らあいつと話した事あんのか」
「話した、っていうか…………」
僕らは、一月前の出来事を話した。
マスターは難しい顔で腕を組んで、顎に手をやって考え事のようだ。
「…………そうか、んな事があったのか。…………はー…………あいつそういうの絶対自分から言わねぇからなぁ…………」
「―――――――?」
「まぁ、あれだ。…………お前さんら、あいつと仲良くしてやってくれや。―――――――な」
「―――――――はい」
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